生きていたものの匂ひはきはまれり初夏の「鶴橋人情市場」 禰子

朝、8時50分ごろ、
鶴橋商店街(鶴橋人情市場)の上の近鉄鶴橋駅に生臭い匂いが漂ってくる。
「次に到着します電車は、一般のお客様はご乗車になれません」
というアナウンスが聞こえる。
通勤客を乗せる役目をとうに終えた、古い車両が4〜5両ほど連結されて、
おそらく伊勢方面からの行商の人たちが、
発泡スチロールの箱を積んで各車両に2〜3人ゆうゆうと乗っている。
そしてトビラが開いた瞬間、
まるで新宮の神倉神社の御燈祭(おとうまつり)の上り子たちのように、
いっせいに市場をめがけて走りだすのだ。
(いっせいに、というほど多くないけどNE!)
先日は通勤途上、匂いに「!」と振り返って、あわてて携帯のカメラで撮影。
今度は早めに行って、ちゃんと一部始終を撮影しようとおもう。
それにしても、「行き先」のところの「鮮魚」、
どうみても、「七国山病院」に似ている。
「となりのトトロ」のねこバスが、
メイちゃんとサツキちゃんをお母さんがいる病院へ連れて行ってあげるときに、
ううううーーーん!ぽんっと出す行き先板が「七国山病院」
(どれか一字が逆さになっていたはず)
鶴橋商店街は、
「千と千尋の神隠し」に出てくる商店街、
「目あります」とか「生あります」みたいに、
「豚足あります」の看板とか、包丁を研ぎながら、その包丁で
つい頭の後ろの痒いところを掻いてるおっちゃんがいる不思議な町。
Mr.宮崎は果たして鶴橋を知っているやろか。
それにしても。
「行き先」のところに「鮮魚」って、
「七国山病院」より先を行っている感じ!
鶴橋人情市場
「テポ丼」に違和感を抱かず笑ふとき滅びてしまへり言の葉の国
「見せ消ち」といふやり方のその奥のづうづうしさを哀れさを思(も)ふ
海水を拒みをり人も拒みをる巌の意思の名を枯木灘
昨夜のこと思ひだしつつ南下する急行のなかは誰もが他人
前の席入力しつつ笑まひたる見知らぬ人にほぐされてゆく
羽だけの蝶々のやうなさくら散り眼に貼りついてそこからは、闇
勺 禰子 (しゃく ねこ)
2月末に締め切りのあった、短歌人会の新人賞、高瀬賞が7月号で発表された。
受賞は中井守恵さんの「眠る山鳩」。
佳作に
魚住めぐむさんの「こころの在りか」、
斎藤寛さんの「肩幅」、
山本照子さんの「猫の耳」の3作品が選ばれた。
守恵さんと斎藤寛さんは、主にWEBでの歌会活動をしてる短歌人新人会の仲間。
新人会、というものはあくまで別個性(←しかもかなり別々の)が集った勉強会の場なので、
そのメンバーが選ばれたから新人会がすごい、のでは全〜然ないのであるが、
それでも、2人も選ばれたというのはやっぱりすごい!と思う。
魚住さんの歌は前から気になっていた。
山本さんの荒畑寒村の歌は、かなり私好み。
ちなみに評論・エッセイ賞の佳作に同じく新人会の近藤かすみさんが入賞。
エッセイでは新人会発起人の長谷川知哲さんも健闘している。
なんだかんだいっても、いつもWEBで歯に衣着せずに云々しているメンバーの受賞は、
半分わがことのように晴れがましいのだった。
私はというと、
「柳通り」という連作を応募。
最終選考の候補には選んでいただいた。
応募総数は99作品。毎年じわじわと増えている。
層が厚い。今の短歌人会。
作品を提出したときには、自分自身の中でこれを仕上げることが必要だったので、
結果はどうでもいい、と嘘偽りなくそう思った。
それでも、やはり結果を知って、今度は…という気持ちは自然に沸いてくる。
でも、そこでふと思う。
「今度は…」という気持ちは「賞をとりたい」という気持とは少し違う。
もちろん、賞が取れればうれしい。そのためにも応募しているのだから。
でも、それだけじゃない。
先日来、仕事でたまたま出会った短歌(メンバーのほぼ全員が後期高齢者といってよい)や、
新人会のメンバーのブログなどから、
なぜ詠うのか、という至極基本的な、一年生の質問みたいな、
でも、なかなか、というより、そもそも回答のない問いがうろうろしている。
そんななか、編集後記の諏訪部仁さんの言葉が力強い。
「高瀬賞応募作品九十九篇に目を通して、その多様さと詠もうとする意欲に感動した。これだけの意欲作が集まるとやはり「どうしても歌いたい」という気持ちがにじみ出ている作品が印象に残る。「詩にはメッセージはない」という谷川俊太郎の断言(『文藝』09夏号)は「職業詩人」の発言であって、これを短歌にも流用するわけにはいかないだろう」
主客が未分というのが短歌の短所でも長所でもあるとは思うが、
いくらうまくてもリズムがよくても韻律がよくても、
メッセージのないことばは虚ろだと思う。
メッセージというのは否応なく主客が未分で、どうしようもないものだと思うから。
谷川氏はもっと上位レベルでメッセージについて訴えたかったのかもしれないが、
私も文藝を読んだけど、上位レベルがあるとは汲み取れなかった。
これを読んでくださる方たちのためにも、
もう少し短くまとめたかったのだけど、
思ったり書きたいことが多くて、
かといって要点をうまくまとめることも出来ず、駄文をつらねました。
「柳通り」は全部をここにアップすることはできません。
もしも読みたいとおっしゃってくださる奇特な方がおられましたら、ご連絡ください。
中井守恵 「眠る山鳩」より
山鳩の鳴くこえがする 死後のこと思わず生きん生きている間は
鎮魂の歌を聴きおりモーツァルトは祖父の知らないひとと思えど
「あのカーブ、また受けたい」と父が言う音たてて足の爪切りながら
斎藤寛 「肩幅」より
順番はたしかに理路にかなひをり脱構築の後の再構築(リストラ)
忘れむともう忘れむと男坂上れば白き日照雨(そばへ)に遭ひぬ
厨にて読むヘーゲルを娯楽とす しんなり揺るる夜の鞦韆
※鞦韆(=しゅうせん=ぶらんこ)「柳通り」より
「棄てる」それが不穏な言葉と言ひ切れない春の気配を道が宿せば
幼き日風呂場でゆまりせしことの開放感をしばし思ひぬ
夜が白みはじめるころにふくらみを増しくる咎を抱きつつ眠る
禰子
裏がへる葉をびらびらと見せつけて切られても切られてもケヤキは伸びる
禰子
初出、2007年5月。
毎朝、鶴橋駅を降りる。
鶴橋商店街の朝の独特な活気のど真ん中を斜めに抜けると、
「千日前通」と「疎開道路」の交差点に出る。
両側に欅がいっぱいだ。
そして、この交差点には「胞衣塚(えなづか)」がある。
ここを真直ぐ玉造(たまつくり)へ向かって(北へ)一キロほど進むと、
暗越(くらがりごえ)奈良街道の出発地点。

千日前
鶴橋
疎開道路
胞衣
暗越
玉造
…
ちょっとくらくらするキーワード。
でも、もう電池切れ(←わたしの)なのでおやすみなさい。
かたくなな心を飾るものもない立ちたるままの血を抱きしめて
先月は、仕事で行けなかった歌会。
入会してからほとんど出席していたので、
これからも第一日曜日が仕事とバッティングする以上、
おそらく隔月くらいでしか行けないことを思うと正直ちょっと気が沈む。
高校生のとき、一人日記帳に短歌(らしきもの)を書き連ねはじめ、
つい3年ほど前まで、短歌はまったく門外不出だった。
短歌人会に入って、詠草を掲載してもらいだすよりも前に(提出→掲載のタイムラグのせいではあるが)
歌会に参加したのだから、やっぱり関西歌会は私のリアルホームグラウンド。
忌憚ない大阪弁の飛び交う厳しくも楽しい場なのです。
今日の詠草
風の強さは風の気持ちの強さゆゑ吾も立ちたるまま風に向かふ 禰子
十三の春あつけなく逝きたまふ祖父思ふときランチジャーあり
「調書ならいかやうにもお書きくだされ」強気の夢の中は爽快
ひだまりといふおだやかな言葉さへ「溜まる=澱む」とカテゴライズす
助け舟あちらこちらに見えつつも助けられたくない夜がある
逸らさずにきみの目をみるその奥の笑みとかなしみを幾たびも見る
なんだか最近短歌関係の話が煩雑に(?そーゆー使い方OK?)なってきたので、
「
短歌人誌」と「
歌会・その他短歌」に分けました。
「短歌人誌」だけ選んでいただくと、既発表の毎月の詠草だけがずらずらーっと見られます。
というより、私が自分で出したとか出してへんとかチェックするときに、
そのほうが見やすいということです…(えへへ)