千光寺公園から見下ろす尾道と海と島と御し難きものすべてを
どうやら暇がお気に召さない場所らしく本を読むのも寝るのも嫌い
日曜日は短歌人関西歌会で大阪は上本町に。 上本町(うえほんまち)という場所はなかなか面白い場所で、 北向きの地図の上にいると思って考えると、 右が鶴橋、 左が難波、 下が天王寺、 上が大阪城(難波宮跡、そのすぐ上は天満)、、、 しかも、そのどこへも徒歩で行ける、 地味派手な場所。 昔々そのむかし、高校生のころにあった近鉄劇場に一度だけオペラ座の怪人を観に行って (女子高生10人くらいで。セーラー服のままだったか?既に記憶はベールどころか…) それっきり、つい3年程前までは、ほとんど足を踏み入れたことがなかった。 それが、それなのに、いつの間にか、日々の暮らしの中にこの街がなんとなくいつもいる。 おそらく、大阪の中でもとびきりに古い地層なので、 私のだーいすきな地霊もさぞかしわんさかいることだろう。 ちなみにここを真直ぐ東へ進めば、暗越奈良街道に合流します。 歌会は18名。 詠草が送られてきて一読したときは、それほど惹かれる歌がなかったのだけど、 読んでいき、人の話を聞いていくうちに自分の読みも深くなるところが歌会のいいところ。 ただし、基本的に「書かれていない裏」について想像をめぐらせすぎることは、 単なる妄想なので自粛したいところ。 あまりに物語を作ってしまうことは作者への敬意も疑われることになる(と私は思う)。 …と、別にそんな過度の妄想歌評をする人もなく、頭でっかちな評になりすぎることもなく、 わりあいバランスの取れた歌会だと思う。 あ、そして今回は新しくカテゴライズされた人たちが。 「は行ふぇち」(^−^) ハ行をこよなく愛する人たち。 公言しなかったものの、私もは行ふぇち。 とくに「ふ」フェチですねー。 … と、とりとめのないことを延々。 詠草一首 人間の業はウ音便に憑依して逢うてと逢ひてに隔たりがある 禰子   うーん、しばし絶句のせんとくん。 そして… 「はじまりの奈良、めぐる感動」ってキャッチフレーズ、七・七の十四字詩なのでしょうか…。
春風だつたと今ならはつきり言ひ切れる不用意の二人をなぎたふしし風を 続きを読む
2008初参加完走、2009途中棄権となりました。 2009年はその後一人ででもなんとか完走しようと思いましたが、 一人で走ることの難しさもわかりました。 今年は途中棄権することのないように、がんばりたいと思います。 いつも場を提供してくださってありがとうございます。 題詠blog2010勺 禰子(しゃく・ねこ) ----- 補足 題詠blogの仕組みは上のリンクの説明を参照されたい。 今回のエントリはそのイベントに参加するための参加表明コメントです。
締切が順に急かせば片付けて吾とふ締切には目を瞑る 東小橋(おばせ)北公園をよぎる真夜公衆便所だけが明るい 近鉄大阪線高架から見おろせば瓦なみうつ愛染小路 せはしなくけふは並んでエキナカの珈琲を飲む逢ふとは言はぬ とりわさは何故にとりわさびといはぬ行方不明の「び」を思ひ食む 後付けの情念なんかは置いといて藤圭子の声を聴いてみよ 明日早朝すでに今宵とつながりて私を机上で待つ校正紙 勺 禰子(しゃく・ねこ)
短歌人の人たちはお酒の好きな人が多い。 そして特にそれは女性に顕著なように思ふ(←都合がわるく?なると出てくる「ふ」)。 先週の神保町の新年歌会で、最長老(クラス)のYRさんにご挨拶。 そしたら、 「わたくし、86歳ですけれど、1年365日毎日欠かさない事がありますの。 (ふふ、と頬がゆるむ)ア・ツ・カ・ン」 と、にっこり、微笑まれた。 わぉ 熱燗、やて(^−^) わたしはぬるいのんも好きですよ(と、言うたか言はなんだか^−^;) といふわけで、私もこれから心して養生に邁進したいと思ったのだった。
ことしも行ってきました(勝手に)0泊3日弾丸ツアー。  土曜日は夕方まで仕事で、23時すぎに大阪を出発、 日曜日は7時30分に東京駅について、そのまま8時より某所にて新人会の会合、 そのまま学士会館に向かい、歌会(下記参照)で、 月曜日の朝大阪に戻ってきて、 そのまま仮眠したあと、月曜日の晩仕事で徹夜だったので、 うーん、昨夜久しぶりにベッドでゆっくり寝た。 しかしこの歳になってこんなことするなんて、絶対人生設計間違ってると思う…(苦笑)。 新年歌会140名の出詠、当日参加者138名(たぶん)。 20首1ブロックの計7ブロックに分けて、 1ブロックが45分を7回繰り返す。 内訳は 披講(披講者が20首を読み上げる)=5分弱 先行批評(予め依頼のあった人)2名×3分以内=6分 自由批評(挙手した人)=15分 総合批評(編集委員から1名)=20分 これを10時30分に集合して、10時40分から午前3ブロック、 ジャスト1時間の休憩時間をはさんで13時45分か午後4ブロック、 表彰も含めて17時まで東京神保町の学士会館の一室に閉じこもりっきり。 その後、同じ建物での懇親会があって、短歌人賞の発表、参加者の紹介、など立食パーティーとともに。 さらにその後は、毎年天井が低くて鴨居に頭をぶつける人多数?の酔の助へ50名ほどが移動。 いったんお開きになったあとも、私の夜行バス(23時30分発)までその場で二次会(あ、三次会かも)に突入。 会計は終わっている残り物の食べものをテーブル一箇所に集めて(!)、 飲み物だけ頼んでワイワイガヤガヤ(嗚呼、迷惑な集団ですみません、代わりになるかどうかわかりませんが リンクをば)。 残ってくださったみなさま、どうもありがとうございました。 蒔田さくら子さんまで残ってくださったのですから(!) というわけで、今年はルポ風に書こうと思ってたら、UPしそこねそうなので、箇条書きみたいになってしまいました。 雰囲気を味わいたい方は去年の日記をどうぞ。 弾丸ツアー0泊3日 新年歌会 in 神保町 vol.1 vol.2 vol.3で、私の選んだ歌。(えっと、140首←最後まで無記名 の中から、12首選んで投票します) 続けてと言われて舌のことなのか関係そのものなのか 作歌か 木嶋章夫 マヨネーズ花まるにまたばつてんにかけ合ひて今日をはじめて笑ふ 寺島弘子 衝動はいかにか小さき身に満つる鴨の渡りのこゑの真剣 三井ゆき どの骨もわが父なれどどの白を選ばうかとて迷ひ箸する 大森益雄 追伸を書くためかいた手紙のやう まづほめちぎる歌評ききをり 花鳥 佰 今年こそ幸多かれと黒びかりするカラスにも抱負はあらむ 森 直幹 さびしさはどんな時にも顔を出す氷砂糖をカリカリしても 菅原和江 平らかな眠りのなかにあらはれて秘説唱ふるこゑの綿々 伊藤冨美代 「ときどきはひとりでいたいの」泣きじやくる姉を追ひきて三歳も泣く 和田沙都子 ああつひに木枯らしきたかと落とすもの落としつくしし樹を畏れゐつ 蒔田さくら子 シークレットブーツのダンサー足もとの嘘ふみしめて跳躍をする 有沢 螢 カレンダーに書き込み増ゆる歳末を息はづませてひとと逢ひたり 宇田川寛之 ただ好きで採ったものと、少し難があるけど気になって採ったものと、両方あるけど、 歌評はまた別の機会に。 ちなみに、一番すきだったのは、 ああつひに木枯らしきたかと落とすもの落としつくしし樹を畏れゐつ で、これが蒔田さんの歌とわかってさらにうれしい気持ちになった。  表の部  裏の部(というか、こっちが表?) あ、自分の歌書くのを忘れていました。。 足早にゆく君の朝思ひつつ私も歩幅を整へてゆく 勺 禰子(しゃく・ねこ) (去年よりちょっぴり増えて12名の方ありがとうございました)
仕事で移動中、車窓から初雪をみた。 ぼたん雪だったけど、空の半分が晴れていて、すぐに消えた。 新年歌会の読み込みも、WEB歌会の読み込みも、ちっともできてない。 ちょっともう、うんざり。いまの泥縄式ライフサイクル。 改善は試みていますが、自分の力ではちょっともう無理かな。 はねのけるのに限界がある。。。気合でなんとかなるもんだいじゃないんですよ。 わかっとらんな。 徹夜なんてしなくていいといいながら、仕事はそのままなら、いっしょやがな、あんさん。
はばかりながら歌はホビーにあらざると言ひたかれども美しき顔 三井ゆき  忘れられない一首。折に触れ口ずさむことさえある。 説明は無用だと思う。 おそらく2007年初夏あたり、短歌人誌で初出を見たときにくぎづけになった。 (その後、歌集『天蓋天涯』(21世紀歌人シリーズ・角川学芸出版)所収) 写真は歌とは無関係。 石見神楽・大蛇 より。 右下にかわいいオロチが居ます。 去年、仕事先で「自分、あれや、クシナダヒメに似てるわ!(←「わ」はもちろん関西弁で)」 と言われたことあり。 「会ったことあるんかいっ」とツッコミ入れそうになりました(笑) というか、よく教科書とかに載ってるあれかしらん。。。うーん、(・・;)びめうだ、有名人だけど。 本日、来週日曜日の短歌人新年歌会の詠草集が到着。 140首ある(140人参加予定)。 来月の詠草もまだ送ってないのに、、、 おまけに今回は密命もあり、しっかり読まねばならない。たいへんだ。 --- どんな人が居てもいい。 ホビーとして取り組んでいる人がいても全然構わないしそれが悪いと思わない。 それは一人一人が感じたり決めたりすることで、 私自身が短歌をホビーと思ったことはないというだけのことだ。 同様に「最終目標は歌人として立つこと?」という質問(を非常に残念なことに受けたことがあるが)、 これも質問としてまったく意味をなさない。 なぜなら「最終目標」とか「立つ」とか言うのは、きわめて経済にかかることしか言ってないから。 身を立てる、というのが悪いといっているわけではない。経済にかかることもまた重要だから。 でも表現としての品が下、だと思う。 ほな何ですか、ゴッホだって、宮沢賢治だって「立って」なんかいない。 同時代の「共選」に洩れたから、死ぬまでに間に合わないから立ってない、というのとは違うのだ。 もっとも、ゴッホや賢治のように発見されなかった人だって、同様のことなのだが。 短歌は読者を持ってはじめて作品になる、というのは上の2例と比べると格段に頷ける。 でも、「最終目標」や「立つ」や「作品」であることと、 自分が歌人であるか、や、別の○○である、というのは、微妙に基本の軸の種類が違うと思うのだ。 …といいたかれども、説明は無用なぞと言いつつもむきになる顔よりは、 確かにどんな顔であっても美しき顔、なのかもしれない。
二日に家から一番近い氏神さまにお参りに。 御神籤は末吉でした。 これがなかなかに薀蓄のある、じゃなくて含蓄のある言葉たちで、 今年の方向性が示されている、ともいえるでしょう。 いまは「うもれ木」なわたくし。 そして一心に勉強して吉なわたくし。 クリックで拡大  式内社都留彌神社にこの夜もおもかる石と稲荷の坐ます 禰子
三が日も終わって、四日目も終わって、もうすぐ初仕事。 ちょっと、、かなり、、ブルーかも…。 家の片付けは全部はおわらなくて(←終わらなかったのは約1年ぶりのバーゲンに行ってたからww≒去年の春以降時間も資金も(苦笑)無し)、それでも台所や本棚など、気になっていたところの捨てるべき物を捨てて気持ちがグッと楽になった。 やっぱり、人間らしい暮らしをせにゃならん!↑今年の抱負です。 初夢はこの数日ずっと記憶になかったので、今朝の夢ということになるでしょうか。 それがえらい夢やった。 「こっちに来るー」って叫び声。何? 地球を滅ぼす怪獣(笑)がここへやってくる! 見つかれば食べられるので(再笑)、わき道に潜んで怪獣がまっすぐ行き過ぎるのを見送る。 が、もう元居たところに帰れなくなってしまって、そのままジプシーになる私。 …と思えば、「怪獣が戻ってくるぞー」と叫び声。 うーん、どうしよう。逃げ惑う。 …場面は転換して、地下組織みたいな人たちの集まる食堂。 どうやら私はそこで働いている。みんな労働者風で、その人たちに元気を出してもらうために食事を配っている。みんななんだか楽しそう。私も気分は楽しいながら業務用のエレベーターに乗ったりして大変だった。 …さらに場面は転換。 街のはずれの草むらの横に停めてある車に乗った。どこかお使い?に行って帰る途中っぽい。 ルームミラーを見た。自分の頭のほかにもうひとつ後ろの方に黒い頭が見える。 「○△さん?」と(夢の中で知っているらしき)人の名前を言うも、「違う」と言われる。 じっと見ているとだんだん顔が見えてきた。にやっと笑っている全然しらんオッサンが! 「これはやばい!」と思って「逃げなきゃ」と焦りつつ、 「でも、このまま逃げたら車盗られるやん!」と一部分だけ冷静な私。 「エンジン切ってキー抜いてから逃げよう」と考えている。が、さすがに手が震えている。 やっとのことで、キーを抜いてドアを閉めて逃げた! あー、なんてしんどい夢。。 そんなこんなでお正月は終わりました。 と、書きつつ、またまた年末以来の蕁麻疹がポツッと出てきた(><) もしかすると精神的なもの、か〜。O型なのに、柄でもないなぁぁぁ。
新年あけましておめでとうございます。 白味噌に丸餅のお雑煮を食べて、満腹につきしばし珈琲タイムの禰子です。 昨年は、いろんなところで、いろんな人にお世話になりました。 年を経るごどにワンダーな人生ですが(ちょっと苦笑です)、 とにかく自分の嗅覚にうそをつかないようにして、 進んだり進まなかったりしながらあるべきやうを見つけられたらと思います。 --- 珈琲を飲みながらネットのニュースを見ていたら、 美智子さんの歌を発見。 私は右にも左にも傾いていない人間ですが、 この人の歌は昔から好きで、歌集を買ったことがあります。 久しぶりに本棚から出してみると、平成9年の歌集。 もう13年近くになるのだな、と思う。 その頃は殆んど短歌から遠ざかっていたと思うのに、 広告かなにかの引用歌がよくて(どれかは忘れた)、 どうしても欲しくて取り寄せたような記憶がある。 『瀬音』より以下、何首か。 黄ばみたるくちなしの落花啄(ついば)みて椋鳥(むくどり)来鳴く君と住む家 あづかれる宝にも似てあるときは吾子(わこ)ながらかひな畏れつつ抱(いだ)く 子に告げぬ哀しみもあらむを柞葉(ははそは)の母清(すが)やかに老い給ひけり 風ふけば幼き吾子(わこ)を玉ゆらに明るくへだつ桜ふぶきは おしなべて春とはなりしこの国にあまた揺れゐる子らのぶらんこ 言の葉となりて我よりいでざりしあまたの思ひ今いとほしむ 三十余年君と過ごししこの御所に夕焼けの空見ゆる窓あり というわけで、美智子さんといっても知り合いではなくって、 千代田の森の苗字のない方ですが、歌人としていいなと思うので。 上の歌は「御所」という言葉さえなければ、普通に苗字のついている人間が詠んだといってもかまわない。 特に二首目など、苗字がない人、と思って読む必要はさらさらないと思う。 歌歴は小学生からというから、別に婚家の風習としてたしなんだわけではない。 (まあ、昔の人ですから、多くはそうだったのかもしれませんが) 歌から普通にその人を感じられる歌が多くて、こころの自由な人なのかな、と思う。 --- そこで今日ネットに載っていた歌から一首。 〈宇宙飛行士帰還〉 夏草の茂れる星に還り来てまづその草の香を云ひし人 美智子 ある意味類型的、なのかもしれないけれど、圧倒的にうまい。 短歌人の歌会とかに出したらなんて言われるんかな。 ついでに、と言うのは失礼ですが、明仁さんの歌もいいなあと思うのが一首あったので。 〈即位の頃をしのびて〉 父在(ま)さば如何(いか)におぼさむベルリンの壁崩されし後の世界を 明仁 以上、なんとなくお正月ちっくなエントリになっちまいました。。
今年もあと10時間ほどで終わり。 昨夜なんとか年賀状を書き終えて、本日午前中に投函。 その足で鶴橋商店街にお正月の買出しに行ってきました。 一応メモしていったのに、あんまり関係のないものをたくさん買ってしまったような(^−^; 毎朝通っている商店街のすぐ裏手に、とても綺麗な、 というより「美しい」お漬物を売っているお店を発見。 スグキと蕪と白味噌(ちょっとお高めだったけれど、手作りだったのでつい)を。 その他、新鮮な食材がてんこ盛り。 (食材と打って最初に出てきたのが贖罪…うーん。) ハードだった2009ももうすぐ終わろうとしています。 これからパソコンを切ってとりあえず、いらないものを捨てて何とかこざっぱりと お正月を迎えたいと思います。 今年も読んで下さったみなさま、ありがとうございました。 歌になかなかたどり着けない一年でしたが、 沈潜しているものは少なくないと思います。 みなさんそれぞれに新たな年でありますように。  鶴橋人情市場
最近、どうも定型からはみだしている。 今月号も、自分では不都合なく定型に収めたつもり、だった。 が、よくよく数えてみると上から順に 5・7・5・7・8 (惜しいっ) 8・7・5・7・7 (初句8って) 5・8・5・10・5 (4句10って…) 5・7・5・7・7 (!) 9・5・5・7・7 (初句9って) 5・7・5・7・7 (!) うーん。 どうでしょうか。 それでも、読んでみると自分ではそれほど違和感ないのですが。 よく、破調は【必然】がないと成功しないと言われます。 たしかにそう。基本の器があるのですから、それを崩すなんてよっぽどの理由がないと。 その理由がひとりよがりかそうでないか、入れ替えが不可能かどうか、 そのあたりが必然の分かれ道、でしょうか。 私は、初句が字余りになる傾向にあるように思います。 先日、某ネット歌会に出した歌も、自分ではすっかり定型というか ちゃんと短歌の器にのっていると思っていたのですね。。。 時たまはひとりがつつりとんこつのらうめんの匂ひにわしづかみにされる (57599) ……。 下句だって、思いっきりあふれてるやん…。 しかし、これはなんとなく自分的には必然的なのです。 たしかに一般的必然性をもつかどうかはちょっと疑問。 しかし、一般的必然性を獲得しよう、と心の底では思っていないかもしれない、という噂も。 (誰や、そんな噂流したの) こうやって、自分では誰にも迷惑をかけていないつもりでも、 いつの間にかはみだしていることって、きっと他にもいっぱいあるような気がしてきました。 というか、ありますね。。。 実害を蒙っている身近な人には申し訳なく思っています。 定型、というのはそのときどきの脳味噌やからだと深く関わっているものだとあらためて思う。
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