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めんどくさいのう お前ら!
またまたカーネーションですみませんが。

糸子の長女、優子は
「本気で絵描きになるつもりないんやったら
美大なんぞ受けるな!」と糸子に罵倒され、
一つのことに気付く。

いつもひゃらひゃら笑ってるおばあちゃんが
機転を利かせてくれ、東京行きの支度をしてくれたのに、
結局汽車に乗る手前で戻ってきてしまった。

小原家に家族のぬくもりを求めてたまにふらっとやってくる、
泉州繊維商業組合のやんちゃ、北村のところへ
相談におとづれたときの一コマ。

「ほんだらよ、洋裁屋継いだるわ!っちゅうちゃったらええねん。
 それ言うたら、あの鬼のおかんもちっとは褒めてくれるど」
あの鬼のおかんも

優子は洋裁屋だけは継ぎたくないという。
「あんたは絵が上手やさかい、
 きれいなもんをいっぱい描いて、みんなをよろこばしちゃり」
小さいときから、絵を描いて褒められてきた。
美大に入ったら母に本気で認めてもらえるのではないかと
それで美大に入りたかったと、
母に怒鳴られて気が付いたと。
認めてほしいんや

なんやなんや、1つ前の「おひさま」みたいに
麗しいではないか!

しかし。
そうは問屋が卸すはずもないカーネーション。
しんみり聞いていたはずの北村が叫ぶ。
「面倒(めんど)くさいのう お前ら!」
めんどくさいのう!

「なんやもう 飲め 飲…未成年か 
 面倒(めんど)くさいのう。もう 食え!」
なんやもう、飲め!

ちゅう。

ここには例えば
「住民主体の持続可能なまちづくり」
みたいな、しちめんどくさい言葉は出てこない。

めんどくさい
には、2種類ある。

カーネーションに出てくる人たちは、
みんなめんどくさい人たちだが、きっと言うだろう。

「住民主体の、持続可…可能の件ですが…」
「じゃかあしっ、めんどくさいわ、早よイネッ!」

わー、言うてほしいわぁ、糸ちゃん。
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【2012/02/01 23:08】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
泉州繊維商業組合長 三浦平蔵
「カーネーション」をひそかに楽しみにしている。
(え、糸子糸子つぶやいて、どこがひそかにって?汗)

朝ドラというのはさすがなもので、
いろんな人の、いろんな人生にうまくしみ入るように構成されている
とは思う。

でも、なんか同じ泉州で育った糸子には
やっぱり全国区以上の親近感はあるわけで、
あんな破壊的なエネルギーはどこにも持っていないものの、
高校3年までだんじりひいてた私は、
和歌山出身のおばあちゃんと同じイントネーションの
「これ、買うちゃり」とか「行っちょいで」とか
「はよ寝り!」とかにいちいち反応して、
毎日、帰宅したら速攻NHKオンデマンドを見ている。
(え、テレビ持ってないのでw)

カーネーションは配役がいい。
糸子を演じる尾野真千子は今更ながら、
小林薫の父(死んでもたけど)、麻生祐未の母は
暴れ具合、ボケ具合が絶妙だし
(悪いけどこれが桂三枝とか藤山直美とかだとしたら
 ヒロインとキャラが戦闘態勢に入ってしまって×)、
糸子の子供時代を演じたあと、今次女役の二宮星ちゃんの
なんとのびやかに繊細なやんちゃぶり。
髪結いの玉枝さん役の濱田マリの怪演に目を瞠り、
あかんたれの勘助の末路に涙する。
あっけなく散った泰蔵兄ちゃんの印象が妙に強いのはなぜ?
そう、三次的脇役がコテコテな感じなのもちょうどいい塩梅
(トミーズ雅、三島ゆり子)。

ほんで。
朝ドラ始まって以来?の展開。
三味線が似合いすぎる周防さんとの、世間的にはあかん恋。

その脇を固める近藤正臣演じる泉州繊維商業組合長・三浦平蔵。
今日は平蔵さんに泣かされました。

「周防よ。
 外れても 踏みとどまっても 人の道や。
 人の道 っちゅうのはな。
 外れんために あるもんや。
 けどこれ 外して苦しむためにも あるんや。
 なんぼでも苦しんだらええ。あがいたらええ。悩んだらええ。
 命はなぁ、燃やすためにあるんや。

 外れても

 外れても 踏みとどまっても 人の道

 ・・・・・・

 これ、575なっとんな。

 これ575なっとんな!

 平蔵ぅーっ、しなるでしかしっ※

 ※「しなるでしかし」:出典「台風のちかづくといふまひる間の日傘しなるわしなるでしかし」シャクネコ
【2012/01/24 22:02】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
歩く ―西へ―
土曜日、久しぶりに歩いた。

久しぶりにちょっとだけいろんなことから解放されて、
昼前からゆっくりと、
豪華じゃなくても少し季節が感じられるものを、
味わいながら食べ、飲んで。
夕方になってから西に向かって歩き出した。
3駅分、自転車では何度か通ったことがあった場所や、
その先まで。
また少し大阪がつながってきた。
…と、あまりまとめてから書こうとすると、
また、そのまま流れてしまいそうなので、
とりあえず、ダイジェスト写真をアップして、と。
これで、アップした気にならないようにせなあかんなぁ。

SANY7906.jpg SANY7922.jpg
       SANY7930.jpg SANY7934.jpg
       SANY7938.jpg SANY7945.jpg
       SANY7947.jpg SANY7956.jpg
SANY7961.jpg SANY7966.jpg
SANY7975.jpg SANY7977.jpg
【2011/02/28 00:15】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
見つゝわらへり。
えらい雪だったが、だいたいやんだ(そしてだいたい溶けた)。
昼から、あれよあれよという間に雪景色に。
雪といえば、この歌しかないですね、やはり。


基督の 真はだかにして血の肌(ハダヘ) 見つゝわらへり。雪の中より
                              釈 迢空


日曜日は本町から中之島へ。
少彦名神社は薬の神さん。
船場の薬問屋街の中心にひっそりとある。
少彦名1
少彦名2

少し西へ行けば懐徳堂跡や適塾がある大阪の元中心地(ん、今もかな一応は)。
栴檀木橋を渡った先に中之島中央公会堂がある
(現・大阪市中央公会堂だけど、やっぱり中之島、とつけたくなる)。
公会堂は確か私が学生のころに再生か取り壊しか揉めていたような記憶がある。
今では市民の学習室として、また催し物、結婚式(パーティーだけ?)など、
実際に生きた利用のされかたをしている。
レストランもあって、手ごろな値段でオムライスや定食が食べられて、
なかなかいい感じ。
中之島倶楽部 公会堂階段1

東隣にある東洋陶磁美術館で「ルーシー・リー展」が最終日だったので、見に行く。
時代を先取りしていた陶芸家で、今見ても「新作」と思える器たち。
いつになく、混んでいた。
しかし「型」を見つけたとたん、それらは「倦む」ということもまた発見。
たくさんの器が展示されていたので、一つの「型」にたどり着くまでの逡巡みたいなものがたくさんの作品に顕れている時期があり、その作品群がスリリングで面白かった。その後一つの「ピシっと」した型に落ち着いていくのだが、様式というものの危うさというか、美しさというか、その変遷が見られて面白かった。
一個人が産む様式というのは、それがどうしても目についてしまう。「停滞」に見えてしまう。伝統工芸というのはたいてい、もっともっと練られて「倦む」ことも越えてしまったところにあるので、様式、であることさえも忘れてしまうようなところに美しさがあるのかもしれない。だからなかなかその美しさに気付かない、という面もあるのですが。

では、歌は?
これは自分で考えていかないといけないこと。

一昨年の水都祭のおかげ?で、中之島界隈はすっかりきれいになった。
むかしとちがーう、という人もあるかもしれないけれど、
水を身近に感じながら歩けるようになり、
大阪がずいぶんきれいになったように思う。
いや、絶対に昔よりきれいになってる、大阪の水。

むかしはよかった

とだけ言ってることが正しいとはいえないのである。

【2011/02/15 00:14】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
谷町筋
上町筋の西が谷町ほんたうに谷の底ひにたにまちはある

地下鉄の吊広告で「大阪人2月号・特集 谷町筋
というのを目にしたので、帰り道、本町の紀伊國屋書店へ。
場所柄、がぜんビジネス書がはばをきかせている書店なのだが、
梅田と違って広々として立ち読みもしやすいし、天井がたかくて、
でも、ジュンク堂みたいに棚が高くないのですごく広く感じる。

しっかしビジネス書のなんと多いこと。
あ、去年学校で勉強した「中期経営計画の立て方・使い方」もあるわ。
(←わ、は下がる「わ」で)
開業開業って、それだけで棚一つある。
ワザを開くと読むか、ゴウを開くと読むか…。

…と、やっと「大阪人」にたどり着く。
ちょっと昔まで、そのへんの本屋さんにも「大阪人」のバックナンバーは置いてあって、
人気のある号や、ご当地特集の本はすぐに手に入ったのに、
最近では最新号しか置かなくなったっぽい。
でも、ここはバックナンバーがずらり。
「これやったら、今日は立ち読みでもえっかな」
と、ぱらぱらとめくる。

---

大阪の「筋」は南北に通っている道のこと(たぶん)。
御堂筋
三休橋筋
堺筋
松屋町筋
谷町筋
上町筋
など

そして、谷町筋と上町筋の間を、
熊野古道がいくぶん東西に揺れながら南へ伸びて、
八軒家浜から四天王寺につながっている
(そして熊野・新宮までつながっている)。

谷町筋の東西にはお寺がそれこそ「ぎっしり詰まって」いる。
西側はなだらかに下り坂になっている。
ちょうど四天王寺の西門から大阪湾の方角、
その名前も下寺町だ。
聖徳太子がここに四天王寺を建てたとき、
西門より西は海だった…らしい。

周辺、というのはインターナショナルだったりする。

天王寺七坂とラブ遠景

…で、ずいぶん話が逸れてしまった。

「大阪人2月号・特集 谷町筋」@580円なり
を購入するか否かである。
またいつでも立ち読みできるしなぁ、と思っていた私に
次の頁が飛び込んできて、買わざるを得なくなってしまった。

歌人が詠んだ「鶴橋生野」の古道

鶴橋から少し南の御勝山公園内に、折口信夫(釈迢空)の歌碑があるとのこと。

 小橋過ぎ、
 鶴橋生野来る道は、
 古道と思ふ
 見覚えのなき
           迢空


「小橋」とは「おばせ」と読む。
丁寧にルビをふっている記事なのに、
小橋にルビがないのは、
もしかすると、ライターも知らないのかもしれない。
ま、知らなくて当然だけど。
一昨年から去年にかけて、私が毎朝通っていた鶴橋商店街をくぐったところ、
玉津交差点に大小橋命(おおおばせのみこと)の胞衣塚(えなづか)があり、
その奥に比売許曽神社(ひめこそじんじゃ)がある。

オオオバセ
ヒメコソ

名前のパワーが半端ない。シャクネコでは太刀打ちできへん…

玉津 胞衣塚


千日前につながり、暗越奈良街道につながる交差点。

ここも見ていたんだ、
シャクチョウクウという体に昔しばらく入っていた変なたましいは。

私も、「見覚えのなき」古道に
少しずつ、
たどり着いているような気がする。

静かなこころで、素直に自分の嗅覚に従っていけばいいのかな、
とちょっと思えてきた。

かなしみの鳥居と見ゆるそこここは潜(くぐ)ることのみ玉津交差点
                               昨年の1月号より

鶴橋 夜 夜の鶴橋商店街
千日前 裏 千日前裏界隈


四天王寺から出てる吹きだしを消してもらうと、
右(東)から、鶴橋、上本町、日本橋(にっぽんばし)、難波(なんば)と続く。
四天王寺の左下(西南)には天王寺(てんのうじ)、通天閣。

大きな地図で見る
【2011/01/14 00:32】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
船場ビルディング ―本町だより―
勤め先の近くには、いわゆる「歴史的建造物」級のものがたくさんあって、
休憩時間にはできるだけウロウロ(そう、文字通りウロウロです)したいと思いつつ、
ここのところの寒さでくじけ気味。

以前から気になっていて、先日ついに内部に侵入してきた
(といっても、不法侵入ではありません!たぶん…入口部分だけだったから…)
船場ビルディング(←詳しくはクリックしてリンク先へ)

船場ビルディング内 船場ビルディング外

なかなかにイイ感じです。
リノベーション長屋に住んで、
外気と変わらぬ室温に耐え忍んでいる(?)わたくしとしましてはw
隙間風など実際的な心配もさることながら、こういう建物もそそられます。
(仕事場はハイテク建物でそれはそれで満足。
自分の持っている鍵の階にしかエレベーターは止まらなかったりするので、
なんやねん、という思いはありますが、それはそれで面白い)

古い商家も挟まって残っています。
三休橋筋の古い商家1

いわゆる「オフィス街」で働いたことがなかったので――しかもこの大大坂をかつては引っぱっていた商売の街で――、まだまだ物珍しさで普段もきょろきょろしてる目が一層キョロキョロしているわたくしですが、人を見ていて思うのは、どんだけ寒くても上着をひっかけないで、カバンも持たないで、ランチに出かける人の多いこと、多いこと。

これは一体どういうわけだろうか。
そして、なぜ私はなんとなくそれに生理的嫌悪感を感じてしまうのか。
あまり深く考えてなかったのだけど、少しわかってきた。

私は必ずコートを着て鞄を持って出かけるけど、
これから慣れたらどうなるかは、ま、正直不明だけれど、
ツッカケで上着を着ず小銭だけ持ってでかける、
というのは効率の面からもすこぶるまっとうな判断ではあると思うけれど、
その、「全部預けちゃってます」感 が、
なんとなく危ういものに感じてしまう理由だと思う。

そこまで信用してしまっていいのか、と。

冬の三休橋筋上の空

何を?って聞かれても答えませんが。


【2010/12/26 18:43】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
びめう
御堂筋がライトアップされています。

しかし、幹の形そのままに伸びたり曲がったりしている木々、びめうです。

NEC_0831.jpg NEC_0832.jpg

葉を落としきりつつからだを灯されて師走の御堂筋は残骸
【2010/12/14 23:28】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
三休橋筋 ―本町だより―
職場のすぐ横に南北に伸びている三休橋筋。
かなり狭い道だが、両側にきれいに整備された歩道があり、
歩くにはかなり楽しい。
古い建築物もたくさん残っている。

三休橋筋1

昼休み、うれしくなって、北に進んでいると、なにやら見覚えのある建物が。
中之島公会堂やん!
(うぁ、おもいっきりタクシー写ってます、、、)
三休橋筋2

そうなんや、そうなんやっ、と何故か早足になる私。
ちなみにここまで10分もかかってない。
そっか、こんな風につながってたんだ。
この栴檀木橋(せんだんのきばし)は、毎月1回、取材の帰りに渡っていた。
そっか、そっか、こんな風につながってたんだ。
普段、地下鉄の移動ではわからない街のつながり。
大阪市内の街歩きは、まだまだこれからなのだった。

ちなみに三休橋というのは、
こちらをご覧ください(わ、手抜き)。

そして、この街にもやっぱり祠があってこれもうれしくなる。
三休橋筋3 三休橋筋4

ガス灯みたいやなぁ、と思っていた街灯、よく見るとしっかり本物のガス灯だった。
大阪ガスが100周年記念に贈ったとか。
やるなぁ、大阪ガス。

そして、この三休橋筋、
もう一つ、とても驚いたことがあった。
南に進むと、千日前筋とつながっている、と書いてある。

千日前界隈は、どうも気持ちがざわざわする。
なにか他人のような気がしない場所。
驚く、というより、何か「やっぱり」という気持ちで、
少しずつ、少しずつ、
大坂、の中心に引き寄せられてきた感のあるここ数年。
来年はどんな展開をみせるのか、楽しみになってきた。

金曜日の昼は、ビル風のせいか、
自然にしてはあまりに不自然な突風がおこり、
あたりの落ち葉を絵に描いた様な渦巻き状に巻き上げて、
気が付いたらこんなんになっていた。

↓こんなん
三休橋筋6

落ちたての落ち葉はとてもきれい。
誰も拾う人がいないので、ヨリドリミドリ(←関西圏の人はミュージック付で?)だ。

落ち葉たち
↑左から、三休橋筋の楓(?まちがってるかも)、奈良の紅葉、御堂筋の銀杏

オフィス街で、
お天気の昼といえど、景色がきれいといえど、
誰も写真撮ってないし、落ち葉も拾わない(ま、当たり前か)。
だから、というわけでもないけど、
まだ、シャッターを押すのに少しためらいを感じてしまう。
(そんな柄かい、と言わないやうに)

で、なんとなく構図も決まらないで、そそくさと撮り逃げ、
って感じです。

もう少し落ち着いたら、
かなり古くなったカメラを買い替えよう。
今はケータイのカメラの方がきれいに撮れるときも(汗)。

ま、ケータイの方が高いから仕方ないか!

初冬の本町(ほんまち)便りでした。

三休橋筋7 綿業会館
【2010/12/05 00:58】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
夏の断片
八朔の近づきがたき輻射熱

それにしても暑い日が続きますが、熱中症にならずになんとか過ごしている禰子です。

実は明日は勢いで申し込んでしまった国家試験をひとつ受けてきます。
が、まったく(文字通りまったく)勉強してないので、
今回は次回の参考のための試験となります、たぶん(^-^;

それで、夜になって持ち物を確認していたところ、はがきにこんな文言が。

1.携帯電話等の通信機器類の持ち込みは、その用途を問わず禁止します。また、預かることもいたしません。
2.腕時計は計算機能がなく、音のしないものを持参してください。
3.飲料水を試験室に持ち込む場合は、ペットボトルのみ可とします。ボトル缶、水筒は持ち込めません(試験中の飲水時間には制限があります。詳細は試験当日に説明します。)。
4.耳栓は、監督者の指示が聞こえなくなるため使用できません。

…なんやねん、ねぇ、2.はともかく、特に太字・下線部のあたり、一体なんなんでしょうか。
4.なども注意事項として意味不明ではないでしょうか???
こういう注意文が至極真面目に書かれている時点で、
なにかが崩れていると思うこと自体許されてないのか?
非国民っていうのはこういう素朴な疑問を口に出して非難されたんだろうなーとかつい妄想が飛躍してしまう。

---
ま、上記私的見解はええとして、
8月もあっという間に終わろうとしていて、
歌会レポートの続きもまだなのですが、
8月は誕生月、大台までいよいよカウントダウンとなりましたが、
三十代の半ばごろには少し大人になったかなと錯覚があったのが、
最近は、
全然大人になっていないし、きっとあと二十年たっても、
同じような気持ちは持っているのだろうな、
ということを感じる。
それは「いつまでも大人げない」ということとも違って、
「いつまでも若い」というのとも違って、ましてや
「いつまでも大人になれない」ということとも違って、うまく言えないのだけど、
振り返ったり先をみたりするときに、
ふっと「物理的な時間というものの消える隙間」があって、
そのことに敏感になる部分が多くなった、といったらいいか…。

時間というものがまっすぐではないし、均一でもない、
ということを頭で理解、ではなく体感、として感ずる力、が、
敢えて言えば私の思うほんとの大人、なのか、と。

誕生日の日は、
大阪の海を見てきた。
こんな水があるので、つい買ってしまう。
NEC_0482.jpg NEC_0483.jpg

同行者は「ん?なんか水道の水みたいな味ちゃう?」というので、
「そう《大阪市水道局》って書いてあるやん、水道水やで」
「え゛ ほんまや!(><)ヤラレタ(笑)」
とか、あほなことを言いながら、大阪湾の景色もまんざらではなかった。

NEC_0484.jpg NEC_0488.jpg

大阪の海は悲しい色だけでなくて、こんなにきれいだったりもする。


その日の夕方は薪能を観てきた。
井筒」という有名な演目があり、シテである井筒の女(の霊)が、思い出の井戸を覗き込んだ瞬間、
会場である生玉神社の境内(薪能ですから野外です)にどおっと風が吹いて、
薪がぼうっと地面から揺すられたようになって一斉に火の粉が飛び散った。
その真ん中で、井筒の女は一人静かに井戸を覗き込んでいて、
そこにはたしかに本物の井戸があった。

これは本当に本当の出来事で、私は鳥肌がたった。

NEC_0492.jpg

そしてそのすぐ後に、三十九歳になった。

【2010/08/21 23:58】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
からほり商店街を中心に 2010年7月23日
順番が前後してしまったけれど、
7月のことを少し。

今通っている学校のマーケティング実習として、

からほり商店街黒門市場道具屋筋なんばパークスメモリアルプレート前で集合

という、コテコテ大阪の「元気な商店街」を歩いての校外学習がありました。

当日は3分歩いたら溶けてしまいそうな炎天。
生玉南交差点と地球儀LOVE
生玉南(いくたま・みなみ)交差点とLOVE
(デザインがあまりにすごく、谷町九丁目を代表する建築物?
一度撮影してみたかったのです すみません…
地球儀にLOVEって看板がついてます
何屋さんかは聞かないで 笑)


ちなみにこの界隈は、生國魂神社がすぐ北(というか、真横)にあり、
少し南に行くと四天王寺がある、由緒正しき場所です。
ただし、寺院の横にはかならずあります。。。ね。
これも土地の霊に従ってのこと。峠や寺の脇は境界、異界の入り口…と、またいづれ。

学校から1.5キロ圏内の移動とはいえば近く思うかもしれませんが、
日傘をしても、アスファルトからの輻射熱で大阪の町はもわもわ。
先生も早々に「電車で行く人はこちらー」と徒歩組と電車組に別れて…
(というか、先生が電車組になりたかったからでわ?とツッコんでおきますw)

結局歩いてもたいした距離じゃないので、どちらの組も同じくらいにスタート地点に到着、
1からほり

あとは個々人で勝手気ままに歩いてよし、ということでぶらぶらとからほり商店街を散策。
最初にペットボトルを買いに入った酒屋さんでおしゃべり
(酒屋さんに入った私をみて、ビールを買いに行ったと思った人数名)、
この店主はご自分の商店街が「新・がんばる商店街77選」に選ばれていることを知らなかったよし。
ま、中小企業庁が勝手に?選んでくれたので創業55年の老舗も気づかなかったのでせう。
でも、近くにスーパーができたので、うちにできる「差別化」は何か、など
他にもマーケティング用語結構しってるおっちゃんでした!流石!

リサイクルの着物店に入っておしゃべり、
ここのおっちゃんは超しゃべくり。リサイクルの醍醐味にいたっては
「人間もリユースがええ味でまんねん」とこのネタで炸裂しておられました(><)

それにしても、「店=見せ」を惜しげもなく見せてくれるからほり商店街。
2からほり 3からほり
5からほり 6からほり
この「せりだし」具合にパワー感じませんか?

商店街は普通平地にアーケードが延びているイメージがあるのですが、ここは違う。
上町台地の尾根部分を通っているので、所々坂がある不思議な地形です。
4からほり

からほりを西へ突き当たったところに南北に延びているのが松屋町筋(まっちゃまちすじ)、
大阪の人は
「まっちゃまちのふくいたや にんぎょとゆいの(松屋町の福板屋 人形と結納)」
というCMを覚えておられる方も多いはず。


しかーし、
この時期、さすがに人形は影を潜め、どの店舗の花火花火花火

ここで、パイプ椅子にすわって、ゆっくりとうちわを扇いでいる店主につかまる(笑)。
あっちは暇なので話が長ーい!
「最近は、人形の制作工程を見るツアーが流行ってまっしゃろ?え、京都ですわ。
え、知らん? そんなこと…雑誌にもよう載ってるやおまへんか。
え、知らん? ああ、あれ人形の専門雑誌でしたなぁ」
てな案配で、私とTちゃんは、他の流れからどんどん取り残されていくのでありました(苦笑)。
松屋町

でも、知らず知らずのうちにわりといい話が聞けて、
前で舞ってくれていた、基、待ってくれていた3名はすでに暑さに溶けかけていて、
やっと追いついて(といいつつ、通りがかりの橋の写真はちゃんと撮った…(スマン3名 特に完全に溶ける寸前だったSっぺ)、
橋

えーと、その後は神隠しに遭いまして、気を失って気がついたらなんばパークスでした(笑)。

ま、黒門も先日のボーリング大会の時に通過したし、道具屋筋はしょっちゅう通るし、ええんよ。

で、なんばパークスですが、
何十回も通過していたのに、気づかなかった「メモリアルプレート」
これはかつて南海ホークスが活躍した大阪球場のまさにその位置に、
原寸大のピッチャーズプレートとホームベースを埋め込んだもの。らしい。
1なんば

先生はすぐ気づく、と言ったが、こりゃわからんよ。
だって、いつも人に踏まれて見えへんもん。

でも、発見するとうれしくなって、「振り上げて第一球…投げました!」とやってみました。
が、クラスメイトに「そこ、キャッチャーの場所!」とツッコまれましたとさ。
むこうにちいちゃく見えるのは、キャッチャーからいきなり投げられて当惑のらこ♪ちゃん。
2なんば

一応、「実習」なので、それなりにインタビュー(=世間話)したネタなどを入れて作文程度のレポートを提出しましたYO。
【2010/08/05 23:30】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
5月に入って夕涼み?に中之島の東洋陶磁美術館へ。

地下鉄淀屋橋駅から地上へ出るとまず見えるのが大阪市役所。
その手前の屋形船っぽい(けど実際はちゃんと建物?の)お店、いつも気になりつつ、まだ未入店。
急におとづれた初夏の陽気に土佐堀川もきらきらしている(あ、川面がほとんど写ってへん)。

20100501_142225.jpg


現在の淀屋橋は昭和10年に完成、パリのコンコルド橋を参考にした公募作品とのこと。
コンクリートの建物としては珍しく国の重要文化財指定を受けているそうです。
名前の由来としては江戸初期に活躍した豪商「淀屋」さんが私財を投じて建てた、らしい。
この淀屋さんは「米市」で巨万の富を得て、手形などの活用によって世界初の先物取引を発案?した人(家系?)。
儲け過ぎ?が目立ったのか政府に財産を没収されたり、末裔は幕末にその財のほとんどを朝廷に納めて討幕運動をしたとか、いろいろ大変だったようですが、とにかくこうしていま橋の名前として、また大阪経済の歴史にその名を残しています。
(ウィキペディア等ネット検索による禰子まとめ、なので、話の詳細については別途お調べください)

中之島では産直のイベントなどが行われていて、絵に描いたような休日の幸せな都市みたいになっていた。それをどう思うかは個人個人で、また個人の中でも正否入り混じっていてもいいと思う。
去年「水都大阪2009」で整備が行われて以前よりゆったり散策できる設計になっている。水も昔よりきれいに思う。これは大阪のどの川を見てもそう思う。わたしの小さかったころは毎日光化学スモッグの赤い旗が校庭に出ていない日はなかったので、時代は決して悪い方向ばかりに進むものではないと実感するものです。もちろん良い方向にばかり進むものでもないことは言うに及ばず。

昨年有田に行ってから、陶磁器の美しさを再発見している。
特に磁器は人肌によって冷たくも熱くもなる生き物のようにも思う。
といって、夏に見れば暑苦しいか、そういう意味ではなくて(^-^)
夏の暑い昼下がりの東洋陶磁美術館、勝手におすすめスポットに認定いたします。

20100501_145649.jpg


少し東へ歩くと難波橋へ。
これも有名な大阪三大橋のひとつ。

20100501_160928.jpg

江戸時代には縦横無尽に伸びていた大阪の川。
それを西へ東へ南へ北へ繋いでいた大阪の橋。
今はほとんどが地名に残っているだけで、大阪の地名はほんとに橋が多い。
ちなみに大阪市内の駅で橋の名前があるのは
(以下ことわりのないのは地下鉄駅名)
淀屋橋
心斎橋
肥後橋
西大橋
四ツ橋
日本橋(近鉄も)
鶴橋(JRも近鉄も)
朝潮橋
天神橋筋6丁目
長堀橋
天満橋(京阪も)
京橋(JRも京阪も)
芦原橋(JR)
阿部野橋(近鉄)
…他にもあったらお知らせください。

橋、というのは一つの境界なので、そこに色々な物語があったはず。
もう少し沢山残っていたらなぁ、と思うが名前が残っているだけでも手がかりにはなる。

20100501_161216.jpg 

そして上は難波橋の南橋から大阪証券取引所を望むの図。
証券取引なんて、なーんにも私には関係ないと思ってこの●年生きてきたけど、
大阪の成り立ちや今ある地名やはては文学に至るまで、
この大阪の商いなしには語れないと思うと、ちょっとだけ身近に。
前に居てはるのは五代友厚さん。大阪の恩人、らしいです。
明治に入って江戸時代の藩からの収入(各藩は倉庫収入や嗜好品や食料やとにかく大取引相手だった ま、要は利権握ってたんだとは思いますが…)がなくなって疲弊した大阪経済を立て直したとのこと。
4月に入った学校の社会見学に行くまで全然知りませんでした(^-^;
鹿児島出身で明治新政府からの任命で役人として派遣され、
その後、別の任地への異動を拒んで(大阪の人に頼まれて?)民間人となったのが34歳のとき。
『三国名勝図会』の執筆者で記録奉行の父の元に生まれ
(「記録奉行」という名前がほんとうにあるのか??なのですが、もしそうならちょっと!しました)、
もともとアウトサイダーだったのか、大阪によっぽど水があったのか、あちこち赴任を言い渡されれば動かねばならない役人仕事に「あほらし」となったのか、もっと正史には書けない諸事情があったのかはわかりませんが、
ともかく潔い性格だったのかも。
ちょっと男前なので載せときます(笑)←写真載せたかったから文章長いんや!とか言わないやうに!
だって直木三十五や織田作之助もこの五代さんについて書いている(らしい)のですぜ(笑)。

Godai_Tomoatsu.gif 五代友厚 写真もWikipediaより。

※日本史はからきし弱いので、ものすごく偏った話を纏めているかもしれません点はお許し&新たな視点をご教示いただければ幸いです。








【2010/05/05 17:00】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
電飾中之島
上本町で仕事のあと、中之島へ(仕事です…)。

毎年、こんなふうになってたのか。最近の事情をしらないけど、
とにかくプチルミナリエ状態になっていました(実はルミナリエも行ったことない)。
だいたい、天神祭の船渡御なんかも「動く電飾」といえなくもないので、
大阪人はもともとぴかぴかしてるものが好きなんかもしらんけど、
やっぱりなんとなく違和感がある。
キリストを待つ人々は、
年末にそわそわいそいそとした晴れがましい気持ちになるのかもしれないけど、
正月の方が基本的に大事な(大事だった)このお国柄では、
年末というのはもっとまがまがした気持ちになる(なった)と思うのだ。
そして、息を潜めるようにして正月を迎える(迎えた)。
と、ごくごく個人的な感覚(錯覚)かもしれないけれど。

この師走クリスマス色に彩られほんまにうれしいんか?通天閣
                             禰子(初出2009.3短歌人

電飾中之島

あー、今日は帰宅したときは零時には寝ようと思っていたのに。不可能ではなかったのにな。。。
きもちがへたってしまってから、寝る力も弱ってしまった。
【2009/12/08 02:22】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
暗越奈良街道
暗越奈良街道・二軒茶屋

シルバーウィークという名の連休があるのを、
その数日前に初めて知った(苦笑)。
わたくしのお休みは二日間だったが、そのうちの一日で
懸案の暗越奈良街道の大阪部分を
出発点の玉造二軒茶屋跡から暗峠の入口の枚岡神社まで一挙12キロ(くらい)!歩いた。

出来るだけ、昔の道を探しながら歩いていくと、
大きく変わってしまった新しい道はたくさんあるけれど、
その中にもだまし絵のように、じーっと地図を見ていたら古い道が浮かんでくることがわかった。
また、それは実際に歩いてみてよくわかった。
歩いているうちに、次どの細い道が街道だったかがなんとなくわかってきた。

それを説明したい!
でもちょっと今忙しいので、またぼちぼちUPします(^-^;

暗越奈良街道・難波神社前

【2009/09/29 00:49】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
鮮魚列車
生きていたものの匂ひはきはまれり初夏の「鶴橋人情市場」  禰子

鮮魚列車

朝、8時50分ごろ、
鶴橋商店街(鶴橋人情市場)の上の近鉄鶴橋駅に生臭い匂いが漂ってくる。
「次に到着します電車は、一般のお客様はご乗車になれません」
というアナウンスが聞こえる。

通勤客を乗せる役目をとうに終えた、古い車両が4~5両ほど連結されて、
おそらく伊勢方面からの行商の人たちが、
発泡スチロールの箱を積んで各車両に2~3人ゆうゆうと乗っている。
そしてトビラが開いた瞬間、
まるで新宮の神倉神社の御燈祭(おとうまつり)の上り子たちのように、
いっせいに市場をめがけて走りだすのだ。
(いっせいに、というほど多くないけどNE!)

先日は通勤途上、匂いに「!」と振り返って、あわてて携帯のカメラで撮影。
今度は早めに行って、ちゃんと一部始終を撮影しようとおもう。

それにしても、「行き先」のところの「鮮魚」、
どうみても、「七国山病院」に似ている。

「となりのトトロ」のねこバスが、
メイちゃんとサツキちゃんをお母さんがいる病院へ連れて行ってあげるときに、
ううううーーーん!ぽんっと出す行き先板が「七国山病院」
(どれか一字が逆さになっていたはず)

鶴橋商店街は、
「千と千尋の神隠し」に出てくる商店街、
「目あります」とか「生あります」みたいに、
「豚足あります」の看板とか、包丁を研ぎながら、その包丁で
つい頭の後ろの痒いところを掻いてるおっちゃんがいる不思議な町。

Mr.宮崎は果たして鶴橋を知っているやろか。

それにしても。
「行き先」のところに「鮮魚」って、
「七国山病院」より先を行っている感じ!

鶴橋人情市場



【2009/07/04 23:59】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
伸びる
裏がへる葉をびらびらと見せつけて切られても切られてもケヤキは伸びる
                                                禰子
                                                初出、2007年5月。
20090616_091103.jpg


毎朝、鶴橋駅を降りる。
鶴橋商店街の朝の独特な活気のど真ん中を斜めに抜けると、
「千日前通」と「疎開道路」の交差点に出る。
両側に欅がいっぱいだ。
そして、この交差点には「胞衣塚(えなづか)」がある。
ここを真直ぐ玉造(たまつくり)へ向かって(北へ)一キロほど進むと、
暗越(くらがりごえ)奈良街道の出発地点。

暗越奈良街道
千日前
鶴橋
疎開道路
胞衣
暗越
玉造

ちょっとくらくらするキーワード。
でも、もう電池切れ(←わたしの)なのでおやすみなさい。
【2009/06/17 01:43】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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