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短歌人 2016年6月号  聞き損ねしいくつか

   昨春の秩父吟行合宿

連山と聞きおよびしが前触れもなく目に痛々しき武甲山


降りたちてのち疼きだす刀疵 異形の山に滲む血の色


   例年買出し係にて

見損ねし羊山公園の芝桜、聞き損ねし田村さんの蘊蓄


   年二、三回、八年の知遇を得て

小池さん以外の話はほぼ初耳「俺のカミさんカッコイイんだよ」


「気を付けて帰んな、それぢや一月な」金沢駅前夏の盛りに


   今春の奈良吟行合宿出席一覧

十二月二十七日九時二十六分付けメール「田村さん(保留)」


聞けず仕舞の秩父の人の感じかた田村さん教へてよ武甲山のこと


武甲山 

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【2016/06/01 01:39】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2016年2月号  えつきやん
今はなきバス停前に奥行きのみじかき宮口商店ありき

町にたつたひとつの店は菓子並べうどんも食はすえつきやんの店

まだ蕎麦も葱も苦手な四歳の吾は食むえつきやんの葱抜きうどん

おぼろ昆布ほどよくとけてえつきやんの岡持ちで届く年越しうどん

子どもさへ不審に思ふ豪華さのえつきやん新築レンガの家は

だんじりの初日夕刻えつきやんは駄菓子しこたま吾に与へり

だんじりの終はりしのちに「よにげ」なる言葉を知りてえつきやんを見ず

えつきやんの畑の畝は均されて五軒の小さき家が建ちたり

                        勺 禰子(しゃく・ねこ)
【2016/01/28 02:13】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2014年3月号 「夫婦善哉食うたことなし 」
二人前の値段で何合飲めるやろ夫婦善哉食うたことなし

一時間に二千円も出す大阪人はおらんで「道頓堀巨大プール構想」

太左衛門橋から見下ろせば五千人泳ぐ日のありやぞつとせぬ

防水性の箱(巨大プール)を浮かべた底はたゆたはず悲しい色の海へつながる

そのかみのSY角座放課後に観た邦題も人も忘れて

千日デパート前の酒房に飲みし父その日あまたの人降るを見き

えげつない道頓堀の看板のひかりに刑場跡は紛れる

                  勺 禰子(しゃく・ねこ)


※4首目、詠草提出時にルビ(巨大プール)を清書し忘れました…
※6首目、詠草提出時に「千日前デパート」としておりましたが
 正しくは「千日デパート」でした。
 字足らずになるので、ブログでは当初なかった「の酒房」を追加いたしました…
 ちなみに1首目の音便も音便フェチを自称する私としたことが間違っており、
 千日デパートと同じく校正の方に助けていただいた次第です…

今後は、見直す時間くらい確保して詠草を出す所存です(^-^;
会務委員の方々、いつも本当にありがとうございますm(_ _)m
それにしてもブログ、今年まだ2回目のエントリ…
【2014/02/28 20:31】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
エノケンの笑ひにつゞく暗い明日―このブログの塗りつぶされる日は―
鶴 彬(つる・あきら)1909-1938 反戦川柳作家。
治安維持法違反で収監された際に患った赤痢で死去。享年29歳。

めかくしをされて阿片をあたへられ
ダラ幹になつてスパイに敬まはれ
宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
フジヤマとサクラの国の失業者
ざん壕で読む妹を売る手紙
修身にない孝行で淫売婦
裏切りをしろと病気の子の寝顔
泥棒を選べと推せん状が来る
枯れ芝よ! 団結をして春を待つ
差入れが絶え情勢をはかるなり
強盗の一の子分は×××
休めない月経痛で不妊症
もう綿くずを吸へない肺でクビになる
タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやらう
増税の春を死ねない嘆願書
エノケンの笑ひにつゞく暗い明日
殴られる鞭を軍馬は背負はされ
屍のゐないニュース映画で勇ましい
万歳とあげて行つた手を大陸へおいて来た
手と足をもいだ丸太にしてかへし
胎内の動きを知るころ骨(こつ)がつき
暁を抱いて闇にゐる蕾

2013年12月5日
<秘密保護法案>与党が採決強行 参院委で可決
【2013/12/05 18:08】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
解体家屋
初めてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く 禰子 (既出歌)

毀たれてゆく姿をみて、はじめてそこに何かがあったことに気づく。
もう遅いのだけど、最後のすがたをすこしだけ記憶に残す。

解体家屋

【2013/06/04 18:37】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
これから
ながらく、ろくにこのサイトの記事を書いてませんでした。
どうにかこうにか、短歌人の月例詠草を月に一度載せるくらいで。
何故なのかも考えていませんでしたが、答えは案外簡単だったのかもしれません。
スマホから簡単に投稿できるFacebookやTwitterに
ぽろぽろつぶやいては小出しな発信を続けて、なんとなく発信欲、
のようなものが充たされていたのかもと。
でも、そのことで思考がより分散され、少しはまとまった形のなにか、
になるはずだったかもしれない記憶が、結局
ファイリングされることもないまま埋もれているのかも。
それは思考そのものを、ひいては私そのものを、日々、
切り刻むだけの行為なのかも。
そんなこんなでスマホにこの登録ページをブックマークしてみました。
(って、そんなこともしてなかったのかと言わないw)
ブックマークしたからといって何が変わるか変わらないか微妙ですが、
ちょっと動き出してみます。
【2013/06/03 00:13】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
困ったときは目をあけて ~釜石小学校校歌~
NHKで放送された
「教育のチカラ 尾木ママ登場 教育は現場で起きている!」
をNHKオンデマンドで視聴。

昨年の大地震の際、釜石小学校の児童たちが
「避難なんかしなくていい」という大人も説き伏せて
みんなで丘に上がって無事だったという、
「釜石の奇跡」と呼ばれた、その行動力を探りに行く
というもの。

「釜石の奇跡」という言葉はなんとなく聞いたことがあったけど、
「奇跡」という時点でなんとなく引いてしまって、ちゃんと見聞していなかった。
すでにいろいろなところで取り上げられていると思いますが、
自分自身の備忘録というか、振り返りたい言葉を下記しておきます。

小学校では常に映像や訓練で地震や津波への備えを怠っていなかったこと、
それだけではなく、普段から児童ひとりひとりが「自分は認められているんだ」
という自己肯定感を持てるよう、否定から入るのではなく
認めるという取り組みをしているということなどが語られていた。

そして一番説得力があったのが釜石小学校の校歌。
毎朝この歌を唄うというこどもたちは、なんとなく幸せだなぁと思った。
私も毎朝唄ってみたくなった。
ことばはことばでしかないかもしれないけれど、
ことばは体にみなぎる、とやっぱり思う。


『市立釜石小学校校歌』

作詞 : 井上ひさし

いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは 目をあけて
星を目当てに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる

はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときは あわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す

しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは 手を出して
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる

※音曲はYOUTUBEなどで出てくると思います。
【2012/11/04 09:36】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
7時過ぎ、ベランダから空を見上げる。
晴れているようだが、不思議な暗さ。
お弁当を詰めて、7時25分ごろ屋上へ上る。

kinkan1.jpg

飛行機から地球を見下ろしているような錯覚。
直接見ないように注意しつつ、カメラを向ける。

kinkan2.jpg

日蝕の不思議さよりも、
空の暗さに戸惑う。
わかっていても、ちょっと不安になるような感じ。
932年前の人は、どんなふうにこの暗さを受け容れようとしたんだろう。

kinkan3.jpg

ひとだまのような、
不思議な雲の尾をひいて。

8時に駅に向かって歩き出した頭上には、
いつもとほぼ変わりない明るさになった空。

【2012/05/21 23:25】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
2011年3月11日のこと
昨日2012年の3月10日は、短歌人会の小島熱子さんの歌集
「りんご1/2個」の批評会のために東京は中野へ出かけた。
3月11日、今日に日付が変わるころは、
東京のどこかの道を夜行バスで走っていた。
今朝、難波について帰宅して、
ごはんを食べてから14時半ごろまで寝てしまった。

起きて、顔を洗って、
14時46分、
北東に向かって1分間、黙祷。

この1年、震災にかんする歌はまったく(2首ほど関連はあったが)、
結局詠めなかった。

あまりに距離が離れていたということと、
自分自身のいろいろなめまぐるしさにかまけて、
寄り添えていない自分が、
震災にかんして詠めるはずもなかった。

それとは別に、
ちょっとした心のわだかまりもあった。
備忘録の域をでないので、
ブログにアップするようなことでもないのですが
無自覚であった自分の記録として下記しておきます。

2011年3月11日の地震発生当時、
大阪の某メーカー本社2階で打ち合わせをしていた。
なんだかみしっと音がして、
それから地面がゆらゆらしているような気がして、
窓のサンシェイドがゆれているので、
「地震じゃないでしょうか?」
と、同席していた上司と先方の2人に告げるも、
「風でしょう」とスルーされた。
私は、芸予地震のときの気持ち悪さと似ていたので、
「これはかなり遠くでかなり大きな地震があったに違いない」
とは思ったが、そこで騒いでも仕方ないので、黙っていた。

打ち合わせの後、1階からのぼってきた、
廊下の途中にあったはずの階段がみあたらない。
「防火シャッターが降りたんだ」
と思うが、他2名はまったく気が付ず、
「あれ、どこからのぼってきたっけ」とか言って
結局別の階段を見つけておりたので、
防火シャッターのことは黙っていた。
(私見だがそういう「余計なこと」を言わせない雰囲気が上司にはある)
帰路、いてもたってもいられなくなり、
「ちょっと失礼します」と携帯でニュースを検索。
津波はまだだったが、大地震があったことはわかった。
上司に伝えるも反応はいまいち。話題を変えた。

その日は金曜日、
先ほど打合せをした客先の方と、
夕方、再度待ち合わせをして宴席の予定だった。
全国区の住まいに関わる仕事のため、
「今日は無理なんじゃないでしょうか」
と、上司に言ってみるも、
「大阪なんだし、大丈夫じゃないの」という。

結局、先方は情報収集やHPの更新など大変だったようだが、
仕事を切り上げて、宴席に来てくれた。。。
宴席の途中もトイレで携帯のニュースを見て、
気になって仕方なかったが、終わったのが23時…。
疲れ果てて帰る。
そしてはっきりと惨状を知る。

やはり私はもう少し強く、
その日の宴席はキャンセルにするべきですと
言うべきだったと今では思う。
「余計なこと」だったとしても。
その後全国を吹き荒れた「自粛」とは全く違う、
その日、その時、そんなことをしている場合ではなかった、
という意味で。

翌土曜日から38℃の熱が出て、
結局日曜日もずっと臥せっていた。
出勤記録を見ると、月曜日にはちゃんと出勤している。
なぜあんなに熱が出たのかは、いまだに不明。

そんな1年前を思い出しながら、
「言うべきだった」と思うくらいしか能がないのだが、
たとえ直接支援という形ではないにせよ、
震災から得た情報をまとめて
自分の身の回りを守ることくらいはきちんとしなければ。

相変わらずの状態ではあるが、
せめてそのていたらくさを
しっかり振り返ること、
そして、自分の立ち位置で、
できることを考えてみる、ことは続けていきたい。
【2012/03/11 23:56】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
そのつぶやき 必然につき (?)
ニュースについてひとことつぶやく――という、

最近はありとあらゆる記事に
TwitterやmixiやFacebookのアイコンがちょろんとついていて、
それをクリックしてURLを引用して、
自分の意見を書いたりできる。

わたしもごくたまに利用するし、
あらゆる人に発言権があるのは、悪くない。

しかし。
たいがいのつぶやきは
それ、あんたが言わなあかんことなん?
と突っ込みたくなることが多く、
反対に、自分はいつも
「それ、私が言わなあかんこと?」という自問自答により、
たいていの場合黙っている。

その発言は必然か?

どっからか声がする。

でも、そんなもん考えてるより、
思ったことつぶやいてみる方が、
世の中を動かすことだってあるわけで、
黙ってるよりええかもな、
と思う、こともある。(ん?ほんまにあるかな?w)

今日は昼間、hotmailがつながんなかったので、
twitterでhotmailと検索してみると、
出てきた出てきた。
hotmailがつながらないよーとつぶやいている
あまたの人たち。
あー、やっぱりつながらないんだ
と安心したり(いや、安心するのは早い)、
ニュースよりよっぽど早いなtwitter(何気に定型)
と思ったり、
それはやっぱり「必然」とか
うだうだ考える間もなくつぶやいてくれるおかげで
立派に情報っちゅうもんになっていたりするわけで、

あー。どないやねん、わたし。

という感じです。

けど、やっぱりニュースについて
しこたま引用したあとでも自分の感想を述べるなら、
まだしも必然ちゅうもんがあるような気もするが、
自分が解説したってる(しかもそれ、どっかで聞いたことあんで)
みたいな現象は、どういう必然によるのでせう。
そういうのを見てしまうと、
必然という踏み絵を踏ませてやりたい欲求に
駆られてしまうのであります。
つまり、大阪弁で言うところの
「あんた、どの口がそんなこと言うんや、どの口や、え゛?」
ちゅうやつです。(?ちょっと違うか)
歌会などでも、ときどきある、
「つまらん」とか「理解できません」という、
「で、それ言って何を伝えたいの?」という発言も
根っこは同じように思う。
それでなにものかを顕しめ、伝えることができたのか。え?

誰も言っていないことだから価値がある、わけではないし、
語り尽くされたことだから言う必要がない、わけでもない。
一刀両断でいい気になってるように思える言葉の中にも、
それをまた一言で、しょうもなっ、と思うこちらの心が
凝り固まっているから見えていないものが
あるのかもしれないし。

その言葉の「伝えたい度」は
マスでもそうでなくても、
微妙かつ確実に、相手に伝わって、
不快に思ったり、納得したりするのではないかと。

踏み絵のいうのは、人の前で踏むものではなく、
踏むのか踏まないのか、越えるのか越えないのかは
人知れず踏み絵をだして自分に聞くためのものやと。

以上、ぶつくさアワー
このぶつくさが一番必然ちゃうっちゅーねん!
でした。
【2012/02/15 21:30】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
立春を過ぎて、
鬼はどこにいったのか。

鬼はもともと、追いやられているのではなく、
その霊力にあやかりたいと、
人々が触れたいばかりに追い掛け回されているのだ
という、興味深い文章を読んだ。

なるほど
さき(先・崎・岬など)と、おく(奥・沖・隠など)の
意味が、それぞれの視点によって逆転するのとは違うのかもしれないが、
追われる という言葉にもまた、両方の意味がある。

そうか、鬼は疎んじられ、差別され、
追い出されるべきものではなく、
人間に手の届かない神聖かつ危険なものを
かたちにしたものかもしれない。
それは、宇宙の何かかもしれないし、
自分のなかにある何かかもしれない。

3時半ごろ目が覚めてしまって、
ふと聴いてしまったラジオ深夜便から、
中森明菜がカバーした「舟唄」が流れてきて、
つい、聴き入ってしまった。。。

早く寝なければ…。

2009.2月の花祭り


吉野では「鬼も内」だと君がいふ今年の桜はひとかたならず  勺 禰子(2010.5





【2012/02/05 06:04】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
河馬の夢
昨日、明け方に河馬の夢をみた。

ちいさな山をそのまま公園にしたような、
夕方の斜面。ひらたく切り開いた地面の端に、
3メートル四方ほどの、四角い池がある。

河馬はそこに2頭いて、
近づくと瞬時に気持ちが通じていることがわかる。

ああ、河馬にはぜんぶわかってるんや。

と思って、しばらく夕方の公園にたたずんでいた。

わたしは満足して帰ろうと思っている。
そしてふと、
「バイバイって言ったら話ができるかな」
と思い、
「バイバイ」
という。

すると河馬は低くやさしく響く声で
「バイヴァーイ」
と声を出した。

ああ、やっぱりしゃべれるんやん。

と私は思っている。

という夢。

変に夢分析などせず、
河馬の声を覚えていたいと思う。


【2012/01/29 10:09】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
陰暦一月一日
あけましておめでとうございます。

…というか、もう睦月も終盤に至って、
やっと、新年初のエントリとなってしまいました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

新年から、ざわっとした毎日を送っておりましたが、
今日は旧暦一月一日、新月。
あらためて、深呼吸して、
たましづめ(鎮魂)つつ、たまふる(魂振)ような
歌を詠めればと思います。

kanazawa_zenigo.jpg

抱きしめて呉れてわかつた春風が強く吹いてゐて凍えてゐた
                      勺 禰子(しゃく・ねこ)


【2012/01/23 23:58】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
しわす
偶然というのは結構こわい。
偶(たまたま)は然(しかり)の一形態であるということだ。

なので、
あすこで1つ前の電車に乗っていたら、とか
なぜあのときわざわざ、ここからあちらへ動いたんだろう、とか
考えてもあまり(ほとんど)意味がない。

それでも人はうじうじする。
なんであのときああしたのか。
偶然をのろったり、
偶然を運命と感じるのは自由だけど、
どちらも、何の救いにもならない。

というわけで、
遇でも必でもいいけど、その「然」を引き受けよう
と思えて、はじめてちょっと落ち着きました。

ぜぃぜぃ。
夜中の独り言でした。



【2011/12/07 01:07】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
立秋近し
SANY9539.jpg

朝起きると、
秋なのか、春なのか、夏なのか、
一瞬わからない
くらいに、涼しい。

寝るときは秋の虫が鳴いているが
朝7時前から蝉が鳴いている。

駅までの坂道の
建物の間から差し込む日差しは
日傘をささないではいられないほどだ。

陰暦ではあと5日で立秋。

うーむ。

というわけで行ってまいります。
【2011/08/03 07:42】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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