奥琵琶湖 その3
かれこれ2か月近く経ってしまった奥琵琶湖。
しかしこれを書いてしまわねば、次にいけない。。。

ということで、締切があるのに(あるから?)現実逃避エントリです(^-^;

近江今津で信じられないくらい美味しい鯉の煮付を購入。
京都でゲットしたカップ酒とともに
竹生島行の船にこっそり持ち込む。

琵琶湖フェリー

・・?いや、別に禁止されてないです(笑)。

そして、それは本当に本当に美味しくて、
くさみもなく、子の部分のもちもちっと、でもころっとしていて、
味付けはしっかりしているのに、後味がいい。
うーん、もう、ほとんど無言でひたすらに食べる(笑)。
↑ちなみに、お昼ご飯です、これ。
鯉と酒の昼飯はあんまりでわ、ということで買ったおにぎりが
あまりにも美味しくなかったので、その話は端折ります。。。

※鯉については、あまりに美味しかったので、
 帰りに宿用に(?)ともう一つ買うという暴挙にでました。
 で、結局2つとも写真撮るの忘れた。
 美味しかったからw

竹生島は小学生以来。
町内会か老人会のバスツアーがあって、
何故かおばあちゃんについていった記憶があり。

今年ブーム(だかどうだか、よくわからないファンタジー大河)の
お江の父浅井長政が篤く信仰した弁財天が祀られている、
「人の住まない」島。
神仏分離によって神社とお寺があるが、
神主や住職はじめ、土産物店のひとたちも、
毎日船で通ってくる。
夜はいまだに完全に神々の島というからすごい。
夜はいったいどんなことになってるのか、
いろいろつい、考えてしまう。
(基本、妄想系です)

竹生島1
《当島水際八町殺生禁断也》とある。


湖にむかって突き出した舞台から、
下の鳥居に向かってかわらけ投げをする。
下には竜王がおるそうな。
「かわらけください」
と、購入しにいくと、
めんどくさそーに、袴姿の神社のお人は、
ケータイ片手に愛妻弁当の食事中。
ま、ええんですわ、夜は完全神の島なので、
昼はこれくらい人間臭いほうがええんです。

願いを書いて投げ、鳥居をくぐればOK!
わたしのはどえらいところに飛んでいきましたが
同行氏のかわらけは見事鳥居をひゅーんと潜る!

かわらけ鳥居

というわけで、かわらけ。

かわらけ

そしてマトリョーシカのような

だるま2
だるま1

赤い物体に目と心を奪われて、
釘付けになって写真撮りまくっているうちに、
肝心の弁財天にお参りするのを失念(・・・)
同行人のカメラから拝借。

弁財天

竹生島のお姿は、次回ー(いつになるやら)。

【2011/05/10 23:39】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(11) | page top↑
奥琵琶湖 その2…のはずが脱線
奥琵琶湖 その1

少し時間はさかのぼるが、
京都から近江今津までは敦賀行の新快速に乗る。
堅田を過ぎると急に車内がガラガラになった。

やっと座席を確保。
そこでビタミンC入りのジュースの缶(蓋のあるのん)をおもむろに渡された私。
え、旅の初めはカップ酒でわ、と思いつつ
「匂い嗅いでみ」
と言われてくんくん嗅ぐ。
なんとなく酸っぱい。

「??」
「あててみ」
「??…!」
「わかった?」
「にごり…じゃなくてどぶろく!」
ということで、なぜか伊勢丹スイーツとどぶろくで始まった旅(笑)
こんなありふれて幸せで泣きたくなるような一瞬にも
払ってきた、というだけの対価がある。

でもそれはきっと特別なことじゃなくて、
誰も言わないだけのそれぞれの特別なこと。

そして、
普段の生活から離れたここにも
街道がある。

鯖街道
北国街道
それぞれに思いを馳せる
道があり、山があり、峠があって、
湖や川がある。

人は消えても、
街は消えても、
山や湖や川みたいに、
峠や街道は残る。
そう思ってきたし、
今まではそうだった。

ひとつの街の隆盛があっても、
それが滅びても、
街道が残ってさえればまた街ができる。
「もののけ姫」でジコ坊が言ったみたいにこの世がタタリでも。

ジコ坊
「そりゃそうだろう。そこらを見なさい。
この前来たときはここにもそれなりの村があったのだが
洪水か地すべりか…さぞたくさん死んだろうに。
戦さ、行きだおれ病に、飢え。人界はうらみをのんで死んだ亡者でひしめいとる。
タタリというならこの世はタタリそのもの」


でも、こんどはどうなんだろう。
道が消えてしまった場所はどうなるんだろう。

小さい時によく見た夢を思い出す。
なにか、が来るのを知っているのに、
「あ、来る」と思いながら、ふつうにしゃべっている。
こころがそわそわしている。
とっても焦っている。
でも、ふつうにしゃべっている、という夢。
幼稚園のころから、繰り返しみた夢。
みるたびに、
「あ、この夢知ってる」と思う夢。

この半月、どこかでいつもその夢を思い出しながら、
それでもやっぱり普通に生活して、
普通に生きています。

なんか…奥琵琶湖の話から逸れてしまひました。

その2、は改めて。


【2011/03/29 23:55】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
奥琵琶湖 その1
西日本にいる私が家に籠っていても
「自粛」にはならないと思ったので、
先週の土日、予定通り奥琵琶湖へ向けて一泊の小旅行に出かけた。

近江舞子駅から北を眺める

お彼岸も明後日というのに、湖西線に入ると雪が残っている。
まずは2年前に鯖街道(若狭街道)をバスで小浜に向かった出発地点、
近江塩津で下車、竹生島へ向かうまでの1時間、近江塩津を歩く。

地図を見ると集落の北に神社があるので、行ってみる。
「碁会所」という看板。その名前を目的としてまだ使われているのかな…。
碁会所
里山、と呼べるような小さな集落を進むと鳥居が見えてきた。
八雲神社遠景

八雲神社、とあった。
朝からの日差しで溶けかけた雪がきらきらして、
木や石が濡れているのに湿っぽくなくカラっとした印象。
八雲神社狛犬
八雲神社彫物

奥には「金刀比羅社」があり、
厄年の願掛け(?)の布が左右につるされていた。
この布、結構幅広です。
ちなみに、ざっと見たところ、男性の名前しかありませんでした。
そのあたり、詳しい方がおられましたら教えてください。
八雲神社金比羅社全景
八雲神社金比羅社願掛け

前日まで仕事がかなり忙しく、買い物も行けなかったので、
お弁当づくりはあきらめ、Field Supply※(現地調達)の予定。
※むかし作っていた部品資料によく出ていた言葉(^-^;

駅前商店街を歩くと、そそられる陳列が!
(写真撮り忘れました…)

鯉の煮物(切り身)、出来立てほやほや。

色艶といい、子持ちのふくらみ具合といい、
なんとも美味しそうな状態に、
同行人(同行二人:弘法大師さまとは違います)ともども
自然と吸い寄せられるようにお店の前に…。

見ると同じような感じなのに、値段設定が2種になっている。
「この、値段の違いはなんですか?」
「これは出来立て、こっちは昨日煮たものです」
「一日で100円以上味変わるの?」
「お好みですけど(笑)」
「ほな、やっぱり新しいのをまず食べな仕方ないなぁ」
とかいいながら、600円ほどの切り身を購入。
大きさはこぶし大でかなり大きいけどそれなりのお値段。

これを竹生島行きの船の中で、
同じく京都駅でField Supplyした京都のお酒とともに食す。

「!」

これが信じられないくらい美味。
子の部分のしっとり・ころっとした舌触り
淡泊な身の部分にじんわりしみ込んだ薄味
これが日本酒と相乗効果でしみじみと美味しく、
蟹スキ食べてるんか、というくらい無言で食す。
琵琶湖の雄大な景色もかすむくらい、美味しかった!

竹生島から戻って、宿に向かう電車に乗る前に、
もう一度わざわざお店を訪ね、
もう一切れ買ったことは言うまでもありません(笑)

…なんか食べ物の話で盛り上がってしまい、
ヴォーリズの建物の話も書けないまま、次へ続く…
【2011/03/27 16:06】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
竹田街道 その4 ―九条から京都駅まで―
こちらのカテゴリーで1~3も含めた閲覧ができます)

九条を越えると、もう京都駅はすぐ。新幹線が速度を落として入ってくるのも見える。
京都タワーは近すぎて周りのビルで見えなくなる。

4-1.jpg

…の割には中心地近くの雰囲気が…?

4-2.jpg 4-3.jpg

水道局にはマスコット「澄都くん」と「疏水の水」が…(?)
4-4.jpg 4-5.jpg

水道水売るってのは、どこでも流行っているようだ。
ちなみに大阪の水はコレ(そんときの日記)。

水道局から京都駅は200メートルもない。
ゴールが近づくとふと曲がってしまいたくなるのが人情(だよね?)
というわけで、曲がって、また曲がります。
奥に見えるのは現代の羅生門京都駅と京都タワーのさきっぽ。
4-6.jpg

すると、結構とんでもない警告文発見。
4-7.jpg

あの、「禁止」ってどういうこと?「苦情がきています」ってどういうこと?
……。「犬の」とか書いてほしかった…と激しくツッコむ。
…が、果たして主語は犬なのか。。。
と少し陰りだした空と路地の間をさまよっていると配置美を感じさせる壁面が現れ
4-8.jpg

うむ~、あなどれない京都。

で、曲がると駅はすぐそこ。
4-9.jpg 4-10.jpg

こうして「これならもうちょっと早く出て伏見から歩けばよかった」というくらいの軽めの探索は終了。
4-11.jpg

ちょうどええくらいの時間と相成り待ち合わせ場所に到着。
2軒ほどハシゴして日本酒とシェリー酒とイベリコ豚の生ハム等々を堪能。

4-12.jpg

京都タワーがろうそく色に光りはじめていた。

4-13.jpg
【2010/11/11 23:30】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
竹田街道 その3 ―札辻から九条まで―
札辻から宇賀神社を越え、謎の六叉路まで行って(前回参照)、
また竹田街道に戻るために西へ向かって歩き出した。

ちょっと珍しい形(というか、設置方法が、かな?)の祠を発見。
SANY6862.jpg
元防火井戸?の上か?

一般的な感じのものでは、こういうの↓が多かった。
SANY6863.jpg

なんとなく、お地蔵様は「辻」などの境界線上にある印象があったのだが
(私の生まれ育った堺郊外では三叉路や道の曲線部にそれらはあった)
京都では道の途中に(家々に埋まるように)よく見かけた。
碁盤の目が基本の京都は、そもそも辻というものだらけであるから、
配置の発展が違ったのかもしれない。

竹田街道に戻り、先ほどの札辻まで少しだけ南下して戻る。
あ、ここにも煙突が…先ほどの銭湯からまだ数百メートルほどしかないはず。
残るところには残っている。
私の住む町にも結構たくさんの現役銭湯がある。まだ行ったことないけど。
SANY6865.jpg

しかし!
もっとソソられるものを発見して横断歩道のないところを斜め横断…
(信号は交通整理の必要に応じて使うものでありまして、
 車のいないときはもちろんわたってよろし、というのが身上…
 っていうか、別に道路交通法違反ではない。はず。)
SANY6864.jpg

いつの製作なのだろうか。

最近、(空気読めすぎて←褒めてるつもりナシ)一人だけ別のこと言うほうがかっこ悪い、みたいな雰囲気の漂う青少年が多いように思うことが多いので、
過去の遺物、というよりはちょっと怖いものを感じた。

もう少し北上したあたりから、
道はゆるやかにカーブしている。
京都タワー、みえてますね。
SANY6870.jpg SANY6869.jpg

昔の風情をとどめて、おそらく隣の家が取り壊されたことで
側面がかわいそうなことになっている立派な民家をみつつ
やっと九条までたどり着いた。
(やっとというのはこのブログで、本当はかなり短い距離ですw)

SANY6872.jpg
【2010/11/03 16:52】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
竹田街道 その2 ―十条から札辻まで―
十条を北上するとすぐに京都っぽくない看板が。。。

SANY6832.jpg

さすがディープな大阪臭がすると思ったらこんなジャブが待ってたか!
とつい撮影。
看板の上の部分の黄色の文字は
自分で焼く 鶏の旨さに舌鼓
上句6音ですが、一応定型に収まっておりますです(^0^)


さて、少しゆくとレトロな地名表示あり。
SANY6833.jpg

前や真横ばかりでなく、時たまは上の方も見る。
そしたら、少し入ったところに煙突が。
迷わず左折(西へ)。
SANY6835.jpg

うわぁ、入りたい。
入ってタイルの写真撮って、瓶のコーヒー牛乳飲みたい。

うーん…うーむ。
こういう時のために、いつも手拭いは2枚持ち歩いてはいるのだが、
さすがに今日はやめときます。これから飲むし(理由になっていて?)。

そして無事札辻の交差点へ
(といっても、十条から札辻まで300メートルくらいですねん)
SANY6837.jpg

角っこにわりと大きい古風なおうち。
こういうときは名字だけさらっと見ておく。

交差点の東北の隅には石碑がSANY6839.jpg

ここの札辻という地名はふつうの高札が立てられていたところというよりも、
宇賀神社の入口という意味の方が強いのかな。

かくして右折(東へ)。

ひとつ南北の道を越えると、ななめ左(東北)に細い道があり、神社がみえる。
が、細い道に入る前にまたしても豪邸があるので名字をチェックしてから神社へ。

SANY6844.jpg

なんだかこんもりとかわいらしい神社だ。
昭和11年に奉納された絵馬の白馬もきれいだし、
榊も境内も清潔に整えられていた。

SANY6847.jpg
     SANY6854.jpg

ここでさきほどの名字チェックが役立つ。
神社にはたいていその地域の有力者の奉納物があるので、
灯篭やその他に書かれている名前を見る。
すると先ほど見つけた大きなおうちの名字がそこにも、ここにも。
「うーむ、やっぱりな」
と一人悦に入る禰子氏であった。
(誰も頼んでへん!というツッコミは入れないように。
ひそかな楽しみもないと一人歩きはできません)

SANY6851.jpg

おちゃめな狛犬にあいさつして
今日もう一つのひそかな楽しみゾーンへ。

そう、私は何を隠そう路地フェチ。
以前、暗越奈良街道を歩いたときに「古道の見つけ方」を体得(笑)したつもりなので、
今回も地図でチェック済みの古い道らしき場所を確認に行く。

神社から北東へ伸びる道の先は六叉路になっている。
これを見に行かねば夕方飲んでも満足感がガタ落ち(ってこともないけど)。

というわけで、西日の結構強い10月初めの京都を進む。
SANY6855.jpg

ほれほれ、南北に伸びる幹線道路を挟んで、古い道がわかりますね。
SANY6858.jpg

けっこうすいてる河原町通(そう、北進すると河原町です)を横断してすすむと…

??
SANY6859.jpg

なんか実際に立ってみるとその凄さがいまいちわからない。
しかも、これといった建物も残っていない。
東西南北あちこち向きながら怪訝な顔をしている私を
怪訝な顔で見つめている工事の人…
すみません、あやしいものではないのですが、
おじいちゃんとかおばあちゃんが歩いてたら聞いてみるんだけど、
めぼしい人がおらず、ひとまず退散。

しかし、この道、絶対何かある。

だって、地図でみるとこうなってるんだもの。

謎の六差路

ね、気になりますでしょ?
求む情報!です。

というわけで今日はひとまずこのあたりにて。

【2010/10/26 15:13】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
竹田街道 その1 ―勧進橋から十条まで―
10月の初め、夕方京都での待ち合わせの前に
せっかく行くのだから他にも何か目的を(他って、ええお酒飲みにいくだけじゃあね)、
そうだ、行きたかった展覧会がいっぱい…うーん、月曜日やんか!もう。
ということで、

歩こう
(そうだ、わたし歩くの好きだったんだ)

京都駅目指して、2駅手前の十条で降ることに
(まだ暑いので伏見から歩くのはちょっとやめときました^-^;)。

思いついたら超楽しくなってきて、急にテンションが上がる。
昔の路地も歩きたいしぃ~なんか変なもん見つけたいしぃ~
でも路地まで載った細かい地図は持ってないしぃ…買うたら高いしぃ……

と、夜半いそいそと用意をする。一人でごそごそグーグルマップを画像ソフトでキャプチャしてはトリミングして貼って(×12回くらい)、堂々の『禰子あるき・竹田街道マップ』の完成。

十条の駅で降りたのは私一人…(ちゅーと半端な時間帯の問題だとは思います…)
SANY6814.jpg
SANY6815.jpg

伏見は諦めたものの、なんとなく川のところからスタートしたい!
と、十条駅を降りてすこし東南に戻り鴨川を越えるところからスタートすることに。

ここは十条で、京都駅は八条だから、二条分しか南下してないのだけれど、
ハングル語があったり(残念ながらわたくし読めません)、
ドライアイス工場があって、歩道中スモークかかってたり、
「ん?西成?東成?」となにやら嗅覚に「ちかいもの」を感じつつ「勧進橋」へ。

SANY6817.jpg
SANY6821.jpg

鴨川にかかる勧進橋。
勧進橋というくらいだから、きっといろんなものを徴収された(あるいははぎ取られた)場所なんだろう。
ここから眺める鴨川は、三条や四条あたりのそれとは違って、自然の緑にあふれかえっていたが、
同時に下町、というには何か悲しい混沌 ――都にあまりに近く、
そのため却って疎まれる土地として定められたような何か―― が何世紀も何世紀も溜まっているような、
鴨川べりに生い茂る鮮やかな緑色とは対照的に、あきらかに大らかではない何か、を勝手に感じてしまった。

SANY6823.jpg

すぐ上には新しい高速道路(?)が建設中。

SANY6824.jpg

ここから竹田街道を北へ歩く。

SANY6820.jpg


あれ、まだほとんど歩いていないのに、次回へ続く。
SANY6826.jpg SANY6830.jpg
【2010/10/15 15:40】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
聴竹居(ちょうちくきょ)―竹を聴いて居る―
土曜日に大阪くらしの今昔館で開催中の企画展、「聴竹居」と藤井厚二展にあわせて開催された、
大山崎に今も残る「聴竹居」見学会に当選したので参加してきた。

20100327_135453.jpg

聴竹居と、その建築家であり住人であった藤井厚二については、
有志で管理・運営している聴竹居倶楽部のHP聴竹居や、ブログ「日本建築の美」聴竹居などを参照されたい。

現在も個人の所有物であるため、内部の写真のインターネット上での公開はだめとのこと。
内部の写真は聴竹居倶楽部のHPからごらんくださいとのこと。

これくらいはいいかな。
20100327_140652.jpg


一週間後にはもう4月とは信じられない寒さの京都、大山崎町に11時前に到着。
藤井厚二が母のために建てたという茶室(現在も普通にお住まいされているおうちなので普段は非公開)の見学のあと、各自お昼休憩を取って、午後から聴竹居見学。詰め詰めのスケジュールでないゆるーい見学会なので、ぶらぶらと桜を愛でつつ(寒さに震えつつ)あたりを散策できて、ちょうどいい感じだった。
茶室と聴竹居ともに聴竹居倶楽部の松隈章氏が丁寧な解説をしてくださった。
今後の保存のために、いろいろ尽力されている。
HPから申し込みをすれば見学できます。おすすめです。

「すむ」とは何か、私たちは今ほんとに住み心地のいいところで暮らしているのか、
を考えさせてくれる空間だった。
住むという言葉を入力しようとすれば、「住む」「澄む」「済む」「棲む」「清む」…といろいろ出てきた。
聴竹居は昔の平均的な居住空間ではなく、あくまで実験的特権階級的な空間ではあるけれど、
それでも、日本という風土でどうすれば住み心地よく暮らせるのか、
今よりもかつての方が自由な(自然に適った)発想が全体に残されていたのかもしれないと思う。
藤井厚二は残念ながら49歳の若さで病に倒れたので、
もし長命であったら少しは日本の住宅のシーンが変わっていたのかも、と思う。
ともかく、建物が残らないことにはそういうことも考えにくい。
モノ自体を残すことの重要さを感じた。
「文化財」って、なんだか生まれたときからもう既に「文化財」だったような錯覚があるが、
もっと生きていくこととつながっているはずなんじゃないか、と。

20100327_130310.jpg

20100327_120315.jpg


阪急大山崎とJR山崎は徒歩数分。西国街道でつながっている。
その途中に離宮八幡宮というのがあるので、鳥居の横の門をくぐってみると、なんと日本における製油発祥の地ということで、油の神さまの像や油脂販売業者の店頭標識などがあり、奉納されているものも油缶!
日本の有名どころの製油業者の社長・会長の名前がずらりと並ぶ年代物の奉納札?も。

20100327_132434.jpg 20100327_132422.jpg
20100327_133150.jpg 20100327_132609.jpg

でも、一番驚いたのは、このさびれた井戸。
一応奉ってあるが、かなり脇役っぽいところにある。
なんとなく素通りしてはいけないような気がして、ちょこっと見に行く。
と、、なんとあの石清水八幡宮の元の清水がこれだと書いてあるではないか。
859年(貞観2年)!清和天皇=清和源氏の始祖の時代。
…にしても、あんまりな扱いの石清水…。
清水と油。相容れないもののようだが、希少価値という意味では共に聖なるもの、だったのか。

初めて降り立った大山崎だったが、こんどは西国街道を含めて周りを歩いてみたい。
もうちょっと暖かくなったら。
それにしても寒かった!

20100327_133000.jpg


【2010/03/31 00:50】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
白蓮・くづきり 新緑その他
過日、京都に行ってきました。
高島屋京都店で開催中(11日まで)の、「柳原白蓮展」をどうしてもみたかったので。

でもせっかく京都まで行くので、ちょっと欲張りに立てた最初の計画。
国立博物館の「妙心寺展」→近代美術館の「ラグジュアリー展」→「白蓮展」
いくらなんでも3つハシゴはキツイ。
メインは「白蓮」として、北から下ってくることにして、
「ラグジュアリー」→「白蓮」→あとは野となれ花となれ(=行けそうやったら行く)
ということに修正。

白川沿いのお蕎麦屋さんへ行くつもりになっていて、
口の中がすでに「鴨なんば」味になっていたのに、Oh!定休日(というかGWの代休?)
ま、まだおなかは大丈夫ということで近代美術館へ。
期待していたよりずっと面白くてなかなか収穫。
おまけにいつもは地味な3階の企画展が、新収蔵品展でとてももりだくさん。
見ごたえ十分だった。

その後、空腹のあまり、ぼったくりバーならぬ、ぼったくりうどん屋にだまされそうになるが
寸前、「それはないやろ」と脱出(京都以外の関西人を普通の観光客やと思たらあかんぜよ)。
外に出ているメニューを頼むと「修学旅行生限定です」だって!
出て見たらありましたありました。右上に小さく「修学旅行生限定」と(笑)。
ま、これくらいで勘弁しておいてあげます。
(ここで穂村弘の「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」を思い出す。)

骨董品屋さんで、コレクション(ないしょ)を増やし、
信号のところまで来て紺色の暖簾発見。
「ここにしよう!」と目立たな~い定食屋?に入店。
いえいえ、暖簾の潔い紺色と、よこの何気に大きいおたふくから、
びめうに主張を感じました。
おたふく

これが実は大正解だった。
怪我の功名。食べものの恨みは尾を引くので(笑)、
前の店で「ま、しゃーないか」と諦めなくてヨカッタ!
おたふくうどん

バスに乗って河原町へ。
マイミクのKさんが「混んでいたよ」と教えてくださっていたので覚悟していたが、
中途半端な時間に行ったつもりがかなりの人だった。
が、ここでも親切な方が一枚余っているチケットをくださるというラッキーが。

展覧会は失礼ながらデパート主催とは思えない充実振りでこの広さを確保するのは大阪店では無理だったんだろうな、大阪に来るかな、と今回諦めそうになっていたけど来てよかった。
(そしてここで「勺 禰子」で記帳初体験 ^-^;)

いつもまるで美談のようにだけ言われている白蓮像、だけでなく、白蓮の全体像が見えたような気がして、なぜか安心した。と同時にかなり激しい性格だったのだろうということも想像できた。
公開絶縁状を叩きつけられた前夫、学生運動に身をささげながら突然大富豪婦人でしかも華族出身の白蓮と共に歩むことになった宮崎龍介、2人とも、なんらかの「覚悟」を持って白蓮と関わったのだろうと思う。
今回復刻されたという『踏絵』と図録を入手。

さて、白蓮展でかなりぐったり疲れてしまい、こんどは甘いものが欲しくなる。

以前、お店がお休みでいけなかったくづきりを食べに祇園の方へ。
美味しそうで、早く食べたくて、写真ぶれていましたが、「もう食べよっ!」っと
写真はどうでもよくなってしまいました(笑)
…というわけでピンボケですが、びっくりするくらい大きい特製器入りのくづきりがこれ。
かぎ善くづきり

かぎ善

新緑の八坂神社(裏)のモコモコぶりがすばらしかった。
八坂

それと通りのアーケード?の柱にこんなものを発見。
すごい~、古いんだ、大事につかってるのですね。
通りの

そうそう、円山公園でこんなものを発見!
知恩院茶!

「妙心寺展」は後は野となれ…となつたのはいふまでもなし(都合の悪いときに旧かなになるのか…)

【2009/05/10 23:49】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
雨の東寺・大日如来のことなど
夕方、待ち合わせのために京都に行くので、
通り道のお寺お寺・・・
ということで、ずいぶん久しぶり(というか、約30年ぶり・・・え゛っ)に
東寺に行ってきた。

たぶん幼稚園のころ、
父親が急に東寺に行くと行って、でかけた思い出がある。
堺の片田舎で今思えばちょっと浮いた我が家では、
父はお洒落な三つ揃えを着て帽子を被り、
母は千鳥格子のワンピースにブーツを履いて、
わたしは・・・あんまり覚えてないけど、ちょっとお出かけ服を着て、
2時間かかって京都へゆき、
そこからタクシーで東寺へ行ったのは覚えている。
そこで、どういう理由だったかまったく覚えていないが、
父の機嫌が悪くなり、肝心の東寺をちゃんとみないまま、
どこかの小料理屋で食事をしただけで戻ってきたような映像が、
かすかにどこかに残っている。

その後は、10年程前、
友達の個展に出かけたのが確か東寺前。
そのときも入らなかったので、
もしかすると、東寺初入門!かもしれない。

食堂(じきどう)は、なにか商売っぽい絵がたくさん売られているだけで、
正直、あまり感心しない。

雨の中、講堂へ入る。
脇を固める国宝、国宝・・・
でも、なんだか表情やからだの線が硬くて、すっと入ってこない。
その真ん中に異様な存在感の大日如来がいた。
(これは国宝じゃなくて重文)
この大日如来さま、一度見たら忘れられない顔をしている。
しかも、角度によって、まったく表情が違う。
少しずつ動きながら眺め、とうとう正面に来た。
そして反対側まで、ゆっくり移動しながら角度の違う大日如来を見て、
また、正面に戻ってきた。

そして、しばらく黙ってにらみ合っていた。
・・・というか、見つめ合っていた。
大日如来はわたしのこころの中をご存知のようだった。
でも、わたしにもわからないそれを、
教えてくれるでもなく、静かに
「見ていますよ」とでも言いたそうな顔をしてるだけだった。

来てよかった、と思いながら、
待ち合わせの場所に向かって歩き出した。

toji_dainichi.jpg
(中は撮影禁止なので、外から・・・^-^;)





【2008/11/25 01:35】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
若狭路
土曜日はちょっとした目的があり、若狭路へ日帰り小旅行。

京都から湖西線に乗り、近江今津までゆき、
そこからバスで一時間。
鯖街道を使えば、敦賀なんて行かなくても、案外日本海は近い。
(あ!でもそういえば海は見てない!)

若狭一ノ宮は若狭姫神社が街道を入ってすぐのところにあり、
そこから1.5キロ奥に若狭彦神社がある。
上下宮、二つあわせて若狭一ノ宮。
神様とはいえ、1.5キロも離れているのは、ちょっと淋しいよね。

その奥には奈良の東大寺の「お水取り」のために「お水送り」をする、
若狭神宮寺がある。
3月、神宮寺の閼伽井戸に入れた水が10日間かかって
奈良東大寺の若狭井に辿り着くと信じられていた。
(信じられている?←信仰的には現在進行形ですね。)
「送られた」水だから、「取る」。
あー、お水取りの意味がやっとわかった。

「人が死ぬとき、「息を引き取る」とニュースでいいますが、
あれは間違いです。
人は死ぬとき、なにものかに「息を引き取られる」のです」
というM教授の静かな声が頭の中で聞こえてきた。

・息は引き取られるもの
・渦巻きはつむじ曲がり
・山の霊気を感じて歩きなさい

役にたってんのか、たってないのか、わかんないけど、
とりあえず、定期的にこれらの言葉(呪文)がやってきます。

あ、話がそれた・・・若狭路小旅行の続き。
バスや電車の本数がすくなく、
待っているならと、つい7キロも歩く(歩きすぎ・・・)。
帰りのバスは程よく疲れて(ほどよくお酒もまわって、か。)、
早々に夢の中。
でも、三十分して、パッと目が覚めた。
そこは、峠の入り口。
うー、また峠に呼ばれている禰子なのでした。

wakasajinguji.jpg

ちなみに神宮寺は明治の廃仏毀釈のときも、
「頑固もの偏屈ものの神宮寺」で通し?、神様も仏様も仲良く並んでいらっしゃる。
お寺の入り口に、注連縄!
お堂の中で、柏手OK!
ええ加減な日本の王道をゆくお寺です。
でも、それが信仰じゃないのかな。
儲ける側も、取られる側も、
どうせなら一つの場所でお得に。
いやいや、そういう現世的なことを言えばそうですが、
一神教じゃないということは、そういうことなのかと。

探偵ナイトスクープあたりで、
閼伽井戸から流した水は、どこへ辿り着くか、
というのをやってほしいです(^-^)





【2008/11/19 22:12】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
四弘誓願文
衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無盡誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)
仏道無常誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)

                            四弘誓願文(しぐせいがんもん)

ジジババ趣味仲間の元同僚に誘ってもらっていた坐禅を急に思い出して、
雪のちらつく日曜日の宇治へ。
obaku_ichiba.jpg


なんと15年ぶりの坐禅
20人ほどの集まりにちょこっと入れてもらう。
お経を読む。
声に出すということが、こんなにも気持ちよかったなんて。

般若心経のあと、説明されていなかった唱和がはじまった。
慌てて、いただいたばかりの小さな手帖を探す。
この28文字なら、毎日見ている。
四弘誓願文
恩師が鉛筆書きしてくれたものを、
ちいさな写真立てのような額に入れて、洗面台の横に飾っている。
無知な私は、最初なんと先生が書いた漢文なのかと思っていた。

この言葉を再発見できただけでも、
来た甲斐があったと思った。

そうやって、自分でピンと来たものを拾ってゆけば、
なんだかいろいろつながっている。



【2008/01/16 00:49】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
残像
『あくがれて出づる残像を筆先に集めて妖し方久斗の雨月』 禰子

感じ方のとてもあう知人が勧めてくれた「玉村方久斗展」を、
京都の国立近代美術館でみてきた。
土曜日、雨の京都。
JR京都駅のバス停はものすごい人で、日展もしているらしいのでバスはものすごい混雑。
と思ったら、ほとんどの人が清水で降りてしまった。
美術館前で降りたのはけっきょく私一人。
久しぶりの近代美術館。
2階入り口の山ばかり10点ほどの小さな絵から、もう引き込まれていた。
色使い、筆使い、毛筆のかたち、
どれも、いままでにないくらいと言っても言いすぎではないくらい、
私の好みのタイプ。

ポスターなどに使われているものよりも、
やはり雨月物語の絵巻物や、道成寺縁起などの「方久斗版古典もの」
の持つ力を強く感じた。
残念ながら忘れられた日本画家といわれるだけのことはあり、
残っていないものも多いらしい。
ネット上もあまり絵はなく、残念(国立美術館のWEBでこんなのはあった。
でも、ここに載っている分だけではこの人の作品全体のニュアンスがわからないと思う)。
もしもこの後見に行かれて、気に入った方は、
ぜひ図録を購入することをおすすめします(という私は買えばよかったと後悔)。

帰りはこれまた久々に京阪三条まで歩いた。
昔はふつーに、三条まで歩くものだと思っていた。
地下鉄が出来ていてびっくり。
いつから京都に来ていないねん、私。

sanjyo_kijishi.jpg


『見えぬものを切り落としたる心地して、「菊花の契」をながめておりぬ』 禰子
【2008/01/14 23:55】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
竜の山
『敦盛の首塚の奥「チョコレート階段」といふ奥津城ありて』 禰子

一ノ谷合戦のあった場所から北へ山を越え、多井畑厄神の表の大きな鳥居をくぐりまっすぐで立派な階段を昇って、その裏手に妙に折れ曲がった暗い階段を見つけた。
20070620014202.jpg

階段をさらに昇って厄神塚を経て北に向かって下りると、杜の下の裏鳥居に通じる細い道を進む。
20070620014212.jpg

その裏鳥居が御神体にしているように竜の山が鳥居のなかに収まっている。
道を渡ってすぐ左手には猿田彦神社。
竜の山 通称 タンク山。


先日、湿った空気の日、6年前に行った友が丘のことをふと思い出した。
神戸の事件があってから、もう10年になるらしい。

20070620014223.jpg

『猿田彦神社のくらさやはらかさ 何を肥やしにした?腐葉土は』 禰子

20070620015225.jpg

『マガマガと壊滅を待つ。養分といふ贄(にへ)積もり積む多井ノ畑』

20070620015159.jpg

20070620015208.jpg

『一ノ谷の明るさ反射せる雲が立ちはだかれば あぁ友が丘』

20070620015507.jpg

『耐へられぬ軽さなぞなく存在といふ救いあり いふ地獄あり』
続きを読む
【2007/06/20 01:02】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
| ホーム |