旱(ひでり)
『雀みて「食いたし」と思いし人たちのことに想いを馳せし真昼間』 禰子

容赦ない日差しがアスファルトから照り返して、
線路沿いの道はまだまだ遠い。
最寄り駅から一キロほどの道を、
ちょっと重いめのパソコンと資料一式を背負って歩く。
会社のすぐそばにある「境王子」の石碑。 
どんな思いを持ちながら、たくさんの人が歩いていったのか。

この日差しを浴びながらいつも思う。
私は旱魃で死んだことがあるんじゃないか。

『くま蝉が傷つかぬままころがりて のちに動かぬほどのしづけさ』 禰子
【2007/07/29 00:27】 | 日々雑記 | トラックバック(1) | コメント(3) | page top↑
短歌人 8月号
『途上の家族』    勺 禰子 (しゃく ねこ)


 不機嫌が基本にあるといふ君の眉間の黒子(ほくろ)に吹く朱い風
 
 ホームへとゆく階段に今朝もまだある蛾の屍骸がオブジェのごとく

 特急の速さでたとえば人だけが直立不動で進んでる朝

 また今朝も滑り込む九時人の汗は無駄に流せばこんなに臭い

 本当はいらないような 乳枯れの母として ゆとりなき妻として

 動物園で子を眠らせば間近まで寄り来る雀のするものがたり

 天駆けの小角(おづぬ)を置いて降りてきた。道知らなくに途上の家族

 あたらしき隧道(トンネル)の口やさしくて君入り来たるときのくらやみ

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短歌人8月号が届いた。
8月号の特集は「20代・30代会員作品競詠」
そこに載せていただいた。
初めて題をつけたひとまとまり(といっても、ほとんどブログで出したものだけど)。
各自15首送って、小池光氏によって8首が選ばれる。
【2007/07/27 21:29】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
心象風景
なにか書きたいのだけれど、何も出てこない。
キーワードはいくらかあるけど、混沌としてすぐに散らばっていってしまう。

もう5~6年も前、紀伊半島の西と東に台風が二つやってきているとき、紀伊半島一周を試みて挫折した風景が出てきた。
新宮から三重に入ったところの鬼ヶ城  shingu_onigajyo1.jpg

湯気を立てる熊野川   shingu_kumanogawa2.jpg

shingu_kumanogawa3.jpg

いつもの熊野川  kumanogawa_usually4.jpg

            廃屋と滝  shingu_haiokutaki5.jpg

道にはヘンなものが祀られていたりもするshingu_kyoseki6.jpg

そして。
これが食べたかっただけなのかもね。 shingu_narezushi7.jpg

【2007/07/26 02:48】 | ディープ和歌山 | トラックバック(0) | コメント(21) | page top↑
短歌
「この夕べ遠くゐる妻 憎しみは噴きいづる血のごとく鮮(あたら)し」  岡野弘彦

岡野弘彦といえば、「折口信夫の晩年」の、
(内心はともかく)師の思いを静かに受けとめる弟子という印象しかなかった学生時代、手に取った「岡野弘彦歌集」の巻頭第一首はあまりに衝撃的で、
何事がおこったのかわからぬまま、頭をなぐられたようなきもちになった。

短歌はつくづくおそろしい。 
短歌を好きになったのは、この歌のせいだと思う。

【2007/07/22 07:16】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
歩行-第七官界の入り口-

おもかげをわすれかねつつ
こころかなしきときは
ひとりあゆみて
おもひを野に捨てよ

おもかげをわすれかねつつ
こころくるしきときは
風とともにあゆみて
おもかげを風にあたへよ

尾崎翠 『歩行』冒頭より

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『第七官界彷徨』という不思議な作品を残した尾崎翠は、
私が生まれる一ヶ月と3日前にひっそりと亡くなったらしい。

主人公の小野町子は、兄の小野一助・小野二助、いとこの佐田三五朗との秋から冬の共同生活の中で、炊事係をしながら人知れず勉強の目的を抱いていた。

「私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩をかいてやりましょう。そして部厚なノオトが一冊たまった時には、ああ、そのときには、細かい字でいっぱいの詩の詰まったこのノオトを書留小包につくり、誰かいちばん第七官の発達した先生のところに郵便で送ろう」

でも、「これはなかなか迷いの多い仕事で、骨の折れた仕事なので、私の詩のノオトは絶えず空白がちであった」。

一助は「分裂心理病院」の医師でドッペルゲンガーを研究している。
二助は「蘚の恋愛」の卒業論文のため毎晩土鍋で肥やしを煮込んでいる。
三五朗は今年も音楽学校を受験するために音程の狂ったピアノと一緒にこの家にやってきた。
・・・なんだか一見、少女漫画の登場人物風なこの人たちの、静かで烈しい日常を、
尾崎翠は淡々といとおしみながら紡ぎだす。
彼女自身がドッペルゲンガーに悩まされ、
文学界で活躍していた若いころ東京から連れ戻されたあとはひっそりと鳥取で甥姪の世話をするおばちゃんとして暮らしていたことを思うとき、
人と風、人と蘚 の垣根は低く、第七官の入り口は案外近くにひっそりと用意されているのかな、と思う。

【2007/07/15 14:51】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
魔道
『蟻のつぶれたにほひが鼻までやってきて いつこの道を知ったのだらう』 禰子

昨日のつづき
友人の家から、駅まで歩いてみることにした。
行基の生まれた寺がある。小さいころ、1月15日にはかならず親戚一同でここの「とんど」へ来た(そして帰りにかならず駅前の「やまたけ」ですき焼きチームとしゃぶしゃぶチームに分かれてご馳走をいただいた)。
仁王門を通るのが怖くて、息を詰めながら通ったものだ。
息をしてしまったら見つかるような気がしていた。
今日は仁王門は通らない。
一番裏手をかすめてゆき、さっきバスからみた建て替えが始まっている駅前の団地を見てゆこう。

はたして、
私は寺の裏道に吸い寄せられただけなのかもしれなかった。
ebaraji1.jpg
↑クリックで拡大。
ebaraji2.jpg

「魔道」という言葉が今、普通に使われていることに驚いた。
そこを通らなければ災いは降りかからないとでもいうのだろうか。
もう、その入り口に立っているのに?
道の奥をみると、少しだけ通れるようにフェンスを開けてある。何故だろう。

通っても通らなくても同じこと。
結局、寺に入らないまま、裏手を駅のほうへ向った。
何十棟もあった駅前の公団が建て替えを待ってひっそりと残っていた。
隣にはすでに中高層の新しいマンションが順次完成している。
新しく封印されたのはこっちなのかな。
フェンスは張り巡らされていて、どこからも入ることはできなかった。
tsukuno3.jpg

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【2007/07/08 08:14】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
知っていること
『「未生ビル」日中すでに朧ろなり。御陵(みささぎ)と道のあわひにねむる』 禰子

先週ゆけなかった友人の出産祝いに、ものすごく久しぶりに実家のあった町までのバスに一人で乗る。
途中の町で、とてもじゃないけどバスが入れそうにない道は相変わらずの狭さで、
車だけがどれも一回り大きくなった分、すれ違いは困難になっているようだった。
まったくあたらしく建て替わってしまった家々、廃墟のようになったビル、
月日はいつの間にかこんなにも何もかも変えてしまって、
私に昔の記憶があることのほうが不思議にすら思える。
でも、道は違う。道は昔からのまま生きている。
ここを通った人たちの思いは、建物ではなくて道に残っているのだと思う。
駅前の団地が再開発中だった。
tsukuno.jpg

【2007/07/07 23:58】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
課題1
『水潜(くぐ)る夏鳥の朝ざわめきて天満を揺らす催太鼓』 禰子

基本的にノンフィクション短歌(!?)ばかりなので、
まだ行ったことのない天神祭を勝手に題にして歌詠み。

大阪の夜はもうすぐ明けそうだ。窓からみえる金剛・葛城は白っぽくて、
今日が晴れるのか曇るのかわからない。

昨日のお昼ご飯のとき、同僚がイギリスで見た日蝕のことを教えてくれた。
だんだんと薄暗くなってゆく昼時に、鳥達はみんな巣に帰ってしまうそうだ。
私達は日蝕を知っている。
だから怖がらず、フィルムなんか眼に当てて楽しむ。
古代の人のように、鳥のように、もっと畏れをもって蝕に出会いたい。
夜が明けるのか明けないのかわからない不安を持っていたい。

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shionoha2.jpg

【2007/07/06 04:45】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
甲山
日曜日は関西短歌人会の歌会のため、何年ぶりになるだろうか、神戸へ。
JR元町駅が会場の最寄り駅だけど、
電車賃が高いのとH急電車がなつかしいのとで、梅田から三宮までの急行に乗る。
途中見慣れた景色を久々にみる。
先々週からかなり懐古的な気分に捉まっている。
六甲の山並みの東端に帽子でもちょこんと置いてあるように盛り上がっているあの山へ、授業の合間によく行った。
あのときと、今と、どちらがしっくりいくかといえば、たぶん今の私のほうが、私としてしっくりしているはず。
わたしにとてもぴったりとしているはずだった感覚で、まだ目覚めていなかった部分があるから。
「覚醒」したのは6年前、曽爾の山村を車で走っているときだった。
それ以前・それ以後、は私にとってBefore Christとそれ以後ほど、ものの見方が変わったといっても、たぶんそんなに言いすぎじゃない。

それ以前の記憶というのは、未生の過去の記憶のようにどこか遠い。kabutoyama_soni.jpg

『それぞれにおもいでねむる街ならばぬりつぶさずにゆく地図の上』
 (むかしの)禰子

【2007/07/02 04:34】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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