年越しうどん
『2007大つごもりに降る雪が、はらはらはらと吾が内に積む』 禰子

あっという間に今年が終わる。
なんといろいろなことがあった年だろう。
金剛・葛城はうっすらと雪化粧。
雪雲が街を覆って、少し雪混じりの雨が降った。

年女とも今日でお別れ。
12年前に今年を思ってもみなかったように、
12年後どうなっているのか、まったく想像もつかないことだ。

わからないからどんなことも尊い。
そのときそのとき、えーかげんでなければ、
ついてくる結果に後悔はないだろう。
そんな風に生きてきたはず。
いままでも。
これからも。


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ところで。大晦日といえば、「年越しうどん」だった。
小さいときは蕎麦が食べられず、
小学生に入るくらいまではうどんを頼んでもらっていた。
(年越しだけは、集落にたった一軒の店(なんでも屋さん)である「えっきゃんの店」から出前を頼むのが、何故かその辺りのしきたりだった)
「えっきゃん」はいつもお酒を飲んでスーパーカブで細長い岡持ちを担いでやってくるので、小さいながらに敬遠していたが、
うちの隣に畑を持っていたこともあって、私によく店のお菓子をくれた。
そのえっきゃんが、秋祭りの前日、私に抱えきれないくらいのお菓子をくれた。
わたしは、「えっきゃん、なんか気前ええからきもちわるいわ」と、
じゃりん子チエのような口をきいたような気がする。
えっきゃんが夜逃げしたと聞いたのは次の日だった。
小学校3年生くらいのことだった。

ちなみに
『讃岐うどん産地の香川県には、「年越しうどん」を食べる風習も一部地域に存在する』らしい。by Wikipedia
【2007/12/31 02:22】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
短歌人 1月号
提灯(ちょうちん)が鬼火のように連なりて、人の匂いのなき田に灯(とも)る

タリーズカフェの隣の二人はケータイ中。あるいは未来の読書の姿

タリーズカフェのもう片方は冷蔵庫選びし後に披露宴のこと

タリーズカフェで子は二時間の夢を見て、母をどう思い出す二十年後

「未生ビル」日中すでに朧ろなり。陵(みささぎ)と道のあわいに眠る

植えられし花は刈られん。わたくしは山に居ずとも密やかに咲け

勺 禰子 (しゃく ねこ)
【2007/12/29 08:28】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
身毒丸-しんとくまる-
『西門を出でて地上の補陀洛(ふだらく)を渡りつづけるしか・・・雨上がり』 禰子

12年弱勤めた会社を金曜日で辞してきた。
11月初めからの突然の転職劇に、本人が一番驚いている。
それでも、降って湧いたような話というよりは、
どこかで用意されていた道であるような気もする。
社内向けの退職の挨拶メールにも書いたが、
「働く」ということは私にとって当初、必ずしも能動的なものではなく、
「仕方のない選択肢の一つ」に過ぎなかった。
でも、12年弱経って今改めて振り返ってみると、
少し能動的になった自分を発見できたような気になっている。
原因が何であれ、それは感謝しなければいけないことだと思っている。

大鳥王子(大鳥大社)の文化圏で育ち、
境王子のすぐ傍の会社に通った。
正月明けからはさらに北上して、四天王寺の近くまで通う。

天満から四天王寺を経て南へ続く小栗街道。
四天王寺の西門(さいもん)は夕日を拝する場所。西方浄土へ続く場所。
その界隈の貴賤聖穢の混沌とした雰囲気のある場所が、
少しずつおそらく作為的に削られてゆく。
縦にばかり伸びてゆく高層住宅。
西方浄土を遠く眺めていたいから、
上へ上へ伸びると思えば思えなくもない・・・ことはない。
やはり超高層住宅はおぞましい光景の一つであるんだと思う。

そんな中で 西へ沈むということ、南へ下るということ、
それが何なのか少しでもわかりたいと思う。


参考
身毒丸  折口信夫(青空文庫)
俊徳丸・弱法師(よろぼし)  Wikipedia
【2007/12/23 11:53】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
異国
『目を閉ぢて耳を塞げば川の彼方の琵琶の語りに揺さぶれをり』 禰子

テレビを見ないので、あんまり知らないのだが、世の中はスピリチュアルブーム
(?もしかして、もうブームが終わっていたらすみません)らしい。
本屋さんで、やたら目にする「スピリチュアル」という字に、
なんとなく違和感を覚える。


学生のころの担当教官の影響で、
風・息・靈の循環を、西洋哲学から理解し東洋哲学から体得する、
というような思考回路の基礎(の基礎だけだけど)にそれなりに触れてきた、
つもり。
「息す無」とか「生す無」とか(どちらも「むす・む」と読む)、
「絶対無」の生まれるところ とか、
「神」が最初に発した言葉は何か とか、
それを「私が見ていた」とはどういうことか とか・・・。

私がそれらを考えるとき日本語は、
私に貼り付いて私を表現するほとんど唯一の手段だけれど、
「言葉」である以上、それは抽象。
一つ一つのことを余すことなく伝えられるはずもなく、
そこからこぼれ落ちてゆくもののことは、みつめるだけ、感じるだけ。
もしくはみつめること、感じることさえもできない。
だから、日本語でさえも所詮「わたくし」にとっての異国の言葉、ではある。

「絶対無」の入り口に立っていることに気づいたとき、
どんな風にふかれるのだろうか。
「絶対無」の入り口は、本当はすぐ隣にあるはずなのに、
見る力がないと見られない。
「歌」というのと「謡」というのが分離されないようなとき、
少し絶対無に近いところにいるのではないか、と思うけど、
論理的にものごとを組み立てるのが苦手で、そのあたりで思考停止する。


・・・なんて、頭の中をぐるぐるまわっている。
Spiritual / Inspire / In・spire / Inspiration スピリチュアルの渦巻きが頭の中に入ってくる。
うーん、やっぱり異国の言葉もそれなりに十分役立っているなぁ。
なんて。

ほんとうは頭でっかちにならずに「スピリチュアル」ブームに乗ってしまう感覚のほうが、自然なのかもしれない。
【2007/12/16 20:01】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
短歌人 12月号
一時間前に稲穂の上吹いた風追いかけて近江を越ゆる

いくつもの川越ゆるときこの夏の坂を知る日の前のへだたり

それぞれにここちよい形がありて海月(くらげ)は海月のなやみがあるさ

その一生に三万本の歯を使う命の束としてのホホジロ

Dead Sleep 夜毎に死ぬる祝福を今生に知らぬフンボルトペンギン

バンドウイルカが尾ひれゆうらり揺らすたび玉の緒ひとつずつ生まれゆく

勺 禰子 (しゃく ねこ)
【2007/12/10 01:08】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
道行き
『吉野川のぼりゆくとき見たはずのない道行きが残す陰翳』 禰子

国道169号線は、いまや相当に走りやすい道となって、若葉マークでも、枯葉マークでも、恐怖感なく10トントラックとすれ違えるような幅員が保たれている。
大台ケ原にはじめていったとき、まだ「ここで対向車が来たらどうしよう」
というような道が各所に残っていたが、今はそれももうない。
高低差のさほどない快適な道を、どの車もけっこうなスピードを無意識に出して駆け抜けてゆく。

吉野、その奥の熊野。
『日本残酷物語』の「忘れられた土地」に描かれたような
昏く閉じられた空間はもうないようにも見える。
それでも、一つ道を分け入れば、苔むした廃車やくずおれた廃屋を見つけることはたやすい。

道は広げられてしまっても、
少し場所を換えられてしまっても、
その道を通ってきたさまざまな時代のさまざまな人たちの
「そこを眺めた」という記憶だけがさまよって、
ふと、息苦しくなるように思うときがある。
単なる錯覚というにはその気持ちは重く私にのしかかって、
何か知っていたことがあるのかもしれない、と思う。

shiroya.jpg

【2007/12/01 07:26】 | ディープ奈良 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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