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短歌人 9月号
「お」と打てば「お帰り」「おはよう」「思い出しながら」が選択項目にあり

理由さへ判ればそれで回答がでるわけもなく演繹法、ボツ。

江戸幕府隠密間宮林蔵の名を持つ海をゆく蝶として

二百年のちに生まれりゃブロガーになっていたかも喜田川守貞

外科室の貴船婦人は動き出す泉鏡花の頭蓋の中を

離婚率、明治時代が160%多いらしい。いまより

勺 禰子 (しゃく ねこ)
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【2008/08/29 23:58】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
066:ひとりごと (勺 禰子)
思ふには忍ぶることぞ負けにける ひとりごとごと隧道(とんねる)潜(くぐ)る
【2008/08/25 01:15】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
065:眩 (勺 禰子)
瞑眩(めんげん)といふ単語ぽんと液晶のグーグル四次元ポケットが出す
【2008/08/23 00:10】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
064:可憐 (勺 禰子)
「可憐(かれん)」とは読めず「可憐(アワレムベキ)」と読む冷やし樽酒飲む葉月尽
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【2008/08/22 22:42】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
峠 癖 (トウゲヘキ)
ここ数年来、峠がずっと気になっている。
いくらハラッタつもりになっても、
峠に入りかけるとき、いつも感じる 「なにか」 。
霊感はそんなに強いほうではないのだけれど。
でも、なんかある。

「峠に入りかける」
無意識にそう書いた。
どうやら私は「空間 (ゾーン) 」として峠を感じているみたいだ。
それじゃ、どこからを峠と感じるんだろうか。
一歩足を踏み入れてしまったら、そこが峠?
『高野聖』もそういう 「空間」 のお話ですよ ね?
『霧のむこうのふしぎな町』 という昔大好きだった本も
よく考えてみたら峠の異世界に入っていく話だ。
(ちなみにWikiでは峠(とうげ)とは、
山道を登りつめてそこから下りになる場所。
山脈越えの道が通る最も標高が高い地点。
とあり、そんなに面積のあるものではありません)

ついでに自分が峠について今まで何を書いてきたのか、
「ブログ内検索」というやつを使って検索してみた

・・・うーん、暗い。
悪癖ですね。ここまで暗いと。



何度目かの 『門』 を読み直している。
そこで気になった、アレ
実はずっと、なんとなく気になっていた。
どうして 「崖の上」 に住んでいる男の子が 「宗介」 なのか、と。
それで、『門』 を久しぶりに読み直して、
「絶対そうや!」と大発見した気分。
・・・でも、普通に書いてましたね、関係あるて(ははは)。
テレビもほとんど見てないし知らんかった。

ちなみに『門』 は、
 「孟宗竹の崖の下」 に、
 御米と理由あってひっそり暮らしている「宗助」の話。
『崖の上のポニョ』 は、
 「海の灯台の役目をする崖の上」で、超エネルギーの高いリサ(母)と暮らす
 5歳の 「宗介」 の話。
(宣伝では気配ゼロだったけど船乗りでほとんど不在の父アリ)
でも、いくら宮崎さんでも、あんまりじゃないですか?
そこまでこだわるんなら、もうちょっと内容・・・ねぇ?
観てない人の為にこれ以上はいいません。
kamikomaekimae.jpg
         トトロ系 (本文との関係は一切ありません)
【2008/08/21 23:53】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
063:スリッパ (勺 禰子)
ベランダにスリッパ履くのももどかしく雷に身を捧げたき夜半
【2008/08/10 11:29】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
存在の耐えられない軽さ
『耐へられぬ軽さなぞなく存在といふ救ひあり いふ地獄あり』 禰子

先日、ピックアップしてもらったのを載せたように、
たしかにこれは、ミラン・クンデラの小説、
『存在の耐えられない軽さ』 からきている。
最初にこれを読んだのは、たしか二十代前半で、
ニーチェのツァラトゥストラの永劫回帰論を、 (恋愛?)小説にしたものだった。
(もちろん、私が自力でニーチェとのかかわりを発見したのでもなんでもなく、
クンデラが小説の冒頭で永劫回帰について述べている。)

「永劫回帰」という概念は、たとえば「ワタクシが千回人生を生き直しても、2008年8月8日午前1時半には、『存在の耐えられない軽さ』についてのブログを書いているであろう。そして、その行為が偶然ではなく必然として永劫に繰り返される、ということによってのみ人間はその存在を肯定されうるのだ」みたいな話で(う、あってるかな・・・)、
クンデラは「それでは永劫性がなければ存在は否定されるのか否か」というところで小説を書いた、とそんときの私は理解した。「存在の耐えられない軽さ」というのは決してその言葉から想像されるような否定的な意味ではなく、「永劫性」から脱出した場所で生きること、必然ではなく偶然に生きることが本当の生ではないか、というところで物語が語られる・・・と。で、結局どうだったのか・・・2回読んだはずなのに、あらすじも結末もなんとなくしか覚えていない。訳あって文庫本は手元にないので、すぐに読み返すこともできない。

私の中で、偶然と必然という、いかにも青臭い問題が依然くすぶり続けている、という事実があって、それだけでもニーチェとクンデラを読めたことは、私にとって有難かった、というただそれだけのこと。

そんな独り言みたいなことを夜中に書きたくなってしまいました。
禰子、夏バテか。(^ー^;

matsusaka.jpg





【2008/08/08 01:30】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
062:浅 (勺 禰子)
残夏の夜 浅いねむりの中に居て、嗚呼この闇を知りし。と思ふ
【2008/08/08 01:12】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
061:@ (勺 禰子)
@の消える日が仮にあるならば、戸籍も住民票も苗字も。
【2008/08/07 20:55】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
060:郎 (勺 禰子)
「ストレイシープ(迷える羊)」になりきれずまた甦る美禰子と三四郎の今世紀
【2008/08/07 01:49】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
059:ごはん (勺 禰子)
炊き立ての真ん中少しくぼませて黄身に醤油でしょ?やっぱ、ごはんは。
【2008/08/07 01:41】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
058:帽 (勺 禰子)
夏は来(き)ぬ。帽子のつばの裏側の花模様だけが知ってる、
【2008/08/07 01:25】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
057:パジャマ (勺 禰子)
パジャマって何語なんだろう考えて見れば不思議だ。パジャマを脱いだ。
【2008/08/07 00:22】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
056:悩 (勺 禰子)
悩むとはまがまがしこと、凶の字がでんと座って心追いやる
【2008/08/07 00:12】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
055:乾燥 (勺 禰子)
永遠の循環を分離してくれた乾燥剤を恨む水蒸気
【2008/08/07 00:08】 | 「題詠blog2008」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
夕立
『ざらついたわたしをあなたざらついたままでいいから。 ままでいいから、 』 禰子

ものすごい夕立を電車から眺めていた。
電車の中にいるのに、ずぶぬれになってしまったような気持ちをどうすることもできなかった。
私を受け容れる、というのは案外に難しい。
そもそも、受け容れるべき私 がわからない。
そもそも、受け容れるとか容れないとか 関係ない。
【2008/08/05 22:57】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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