詠むこと ―高瀬賞―
2月末に締め切りのあった、短歌人会の新人賞、高瀬賞が7月号で発表された。

受賞は中井守恵さんの「眠る山鳩」。

佳作に
魚住めぐむさんの「こころの在りか」、
斎藤寛さんの「肩幅」、
山本照子さんの「猫の耳」の3作品が選ばれた。

守恵さんと斎藤寛さんは、主にWEBでの歌会活動をしてる短歌人新人会の仲間。
新人会、というものはあくまで別個性(←しかもかなり別々の)が集った勉強会の場なので、
そのメンバーが選ばれたから新人会がすごい、のでは全~然ないのであるが、
それでも、2人も選ばれたというのはやっぱりすごい!と思う。
魚住さんの歌は前から気になっていた。
山本さんの荒畑寒村の歌は、かなり私好み。
ちなみに評論・エッセイ賞の佳作に同じく新人会の近藤かすみさんが入賞。
エッセイでは新人会発起人の長谷川知哲さんも健闘している。
なんだかんだいっても、いつもWEBで歯に衣着せずに云々しているメンバーの受賞は、
半分わがことのように晴れがましいのだった。

私はというと、
「柳通り」という連作を応募。
最終選考の候補には選んでいただいた。
応募総数は99作品。毎年じわじわと増えている。
層が厚い。今の短歌人会。
作品を提出したときには、自分自身の中でこれを仕上げることが必要だったので、
結果はどうでもいい、と嘘偽りなくそう思った。
それでも、やはり結果を知って、今度は…という気持ちは自然に沸いてくる。

でも、そこでふと思う。
「今度は…」という気持ちは「賞をとりたい」という気持とは少し違う。
もちろん、賞が取れればうれしい。そのためにも応募しているのだから。
でも、それだけじゃない。

先日来、仕事でたまたま出会った短歌(メンバーのほぼ全員が後期高齢者といってよい)や、
新人会のメンバーのブログなどから、
なぜ詠うのか、という至極基本的な、一年生の質問みたいな、
でも、なかなか、というより、そもそも回答のない問いがうろうろしている。

そんななか、編集後記の諏訪部仁さんの言葉が力強い。
「高瀬賞応募作品九十九篇に目を通して、その多様さと詠もうとする意欲に感動した。これだけの意欲作が集まるとやはり「どうしても歌いたい」という気持ちがにじみ出ている作品が印象に残る。「詩にはメッセージはない」という谷川俊太郎の断言(『文藝』09夏号)は「職業詩人」の発言であって、これを短歌にも流用するわけにはいかないだろう」
主客が未分というのが短歌の短所でも長所でもあるとは思うが、
いくらうまくてもリズムがよくても韻律がよくても、
メッセージのないことばは虚ろだと思う。
メッセージというのは否応なく主客が未分で、どうしようもないものだと思うから。
谷川氏はもっと上位レベルでメッセージについて訴えたかったのかもしれないが、
私も文藝を読んだけど、上位レベルがあるとは汲み取れなかった。

これを読んでくださる方たちのためにも、
もう少し短くまとめたかったのだけど、
思ったり書きたいことが多くて、
かといって要点をうまくまとめることも出来ず、駄文をつらねました。

「柳通り」は全部をここにアップすることはできません。
もしも読みたいとおっしゃってくださる奇特な方がおられましたら、ご連絡ください。


中井守恵 「眠る山鳩」より
  山鳩の鳴くこえがする 死後のこと思わず生きん生きている間は
  鎮魂の歌を聴きおりモーツァルトは祖父の知らないひとと思えど
  「あのカーブ、また受けたい」と父が言う音たてて足の爪切りながら

斎藤寛 「肩幅」より
  順番はたしかに理路にかなひをり脱構築の後の再構築(リストラ)
  忘れむともう忘れむと男坂上れば白き日照雨(そばへ)に遭ひぬ
  厨にて読むヘーゲルを娯楽とす しんなり揺るる夜の鞦韆
                           ※鞦韆(=しゅうせん=ぶらんこ)


「柳通り」より
  「棄てる」それが不穏な言葉と言ひ切れない春の気配を道が宿せば
  幼き日風呂場でゆまりせしことの開放感をしばし思ひぬ
  夜が白みはじめるころにふくらみを増しくる咎を抱きつつ眠る
                                       禰子





【2009/06/30 00:55】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
伸びる
裏がへる葉をびらびらと見せつけて切られても切られてもケヤキは伸びる
                                                禰子
                                                初出、2007年5月。
20090616_091103.jpg


毎朝、鶴橋駅を降りる。
鶴橋商店街の朝の独特な活気のど真ん中を斜めに抜けると、
「千日前通」と「疎開道路」の交差点に出る。
両側に欅がいっぱいだ。
そして、この交差点には「胞衣塚(えなづか)」がある。
ここを真直ぐ玉造(たまつくり)へ向かって(北へ)一キロほど進むと、
暗越(くらがりごえ)奈良街道の出発地点。

暗越奈良街道
千日前
鶴橋
疎開道路
胞衣
暗越
玉造

ちょっとくらくらするキーワード。
でも、もう電池切れ(←わたしの)なのでおやすみなさい。
【2009/06/17 01:43】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
本歌 (本詩?)
前記事の本歌 あるいは本詩

 一本の樹のなかにも流れている血がある
 樹のなかでは
 血は立ったまま眠っている
                       寺山修司
【2009/06/15 01:35】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
008:飾 (勺 禰子)
かたくなな心を飾るものもない立ちたるままの血を抱きしめて
【2009/06/09 03:59】 | 「題詠blog2009」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
関西歌会
先月は、仕事で行けなかった歌会。

入会してからほとんど出席していたので、
これからも第一日曜日が仕事とバッティングする以上、
おそらく隔月くらいでしか行けないことを思うと正直ちょっと気が沈む。

高校生のとき、一人日記帳に短歌(らしきもの)を書き連ねはじめ、
つい3年ほど前まで、短歌はまったく門外不出だった。
短歌人会に入って、詠草を掲載してもらいだすよりも前に(提出→掲載のタイムラグのせいではあるが)
歌会に参加したのだから、やっぱり関西歌会は私のリアルホームグラウンド。
忌憚ない大阪弁の飛び交う厳しくも楽しい場なのです。


今日の詠草

風の強さは風の気持ちの強さゆゑ吾も立ちたるまま風に向かふ  禰子

【2009/06/08 02:01】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
007:ランチ (勺 禰子)
十三の春あつけなく逝きたまふ祖父思ふときランチジャーあり
【2009/06/05 23:25】 | 「題詠blog2009」 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
006:水玉 (勺 禰子)
水玉色の水玉かなしピンク色の水玉いやらし水玉哀れ
【2009/06/01 23:58】 | 「題詠blog2009」 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
005:調 (勺 禰子)
「調書ならいかやうにもお書きくだされ」強気の夢の中は爽快
【2009/06/01 23:49】 | 「題詠blog2009」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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