短歌人会 第1回ネット歌会開催要項
所属している短歌人会のネット歌会のお知らせです。
参加できるのは短歌人会員・同人および定期購読会員のみです。
ごらん頂くことはどなたでもできます。
締め切りが間近なので、まだ知らなかった人、いらっしゃるかもわかりませんので下記コピーします。

詳しくはこちら

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 第1回の短歌人ネット歌会の開催要項につきましてご案内申し上げます。

  【第1回ネット歌会概要】

 ★応募要項

   新作未発表の短歌1首を4月2日(金)までに
   tankajin-eisou@mail.goo.ne.jp 宛お送り下さい。
   今回は題はありません。すべて自由詠です。なおこの歌会では選歌は行いません。
   コメントの応答のみとなります。  

 ★スケジュール(予定)
 
 詠草受付   2010年3月23日(火)~4月2日(金)
        ※詠草送付はメールのみとなります
 詠草発表   2010年4月6日(火)
        ※詠草に誤植があった方は4月5日(月)のAM10:00までにメールでお申し出下さい。
 コメント受付 2010年4月8日(木)~4月26日(月)
        ※この歌会では選歌は行いません
 作者名発表  2010年4月26日(月)
     
 ★司 会    藤原龍一郎

 ★幹 事    生沼義朗・村田馨

 ★詠草送付先  tankajin-eisou@mail.goo.ne.jp
        ※メールの件名は必ず「第1回短歌人会ネット歌会詠草」として下さい。
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以上お知らせでした。
って、私がまだ出してませんでした~(焦っ)。
【2010/03/31 23:16】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
聴竹居(ちょうちくきょ)―竹を聴いて居る―
土曜日に大阪くらしの今昔館で開催中の企画展、「聴竹居」と藤井厚二展にあわせて開催された、
大山崎に今も残る「聴竹居」見学会に当選したので参加してきた。

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聴竹居と、その建築家であり住人であった藤井厚二については、
有志で管理・運営している聴竹居倶楽部のHP聴竹居や、ブログ「日本建築の美」聴竹居などを参照されたい。

現在も個人の所有物であるため、内部の写真のインターネット上での公開はだめとのこと。
内部の写真は聴竹居倶楽部のHPからごらんくださいとのこと。

これくらいはいいかな。
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一週間後にはもう4月とは信じられない寒さの京都、大山崎町に11時前に到着。
藤井厚二が母のために建てたという茶室(現在も普通にお住まいされているおうちなので普段は非公開)の見学のあと、各自お昼休憩を取って、午後から聴竹居見学。詰め詰めのスケジュールでないゆるーい見学会なので、ぶらぶらと桜を愛でつつ(寒さに震えつつ)あたりを散策できて、ちょうどいい感じだった。
茶室と聴竹居ともに聴竹居倶楽部の松隈章氏が丁寧な解説をしてくださった。
今後の保存のために、いろいろ尽力されている。
HPから申し込みをすれば見学できます。おすすめです。

「すむ」とは何か、私たちは今ほんとに住み心地のいいところで暮らしているのか、
を考えさせてくれる空間だった。
住むという言葉を入力しようとすれば、「住む」「澄む」「済む」「棲む」「清む」…といろいろ出てきた。
聴竹居は昔の平均的な居住空間ではなく、あくまで実験的特権階級的な空間ではあるけれど、
それでも、日本という風土でどうすれば住み心地よく暮らせるのか、
今よりもかつての方が自由な(自然に適った)発想が全体に残されていたのかもしれないと思う。
藤井厚二は残念ながら49歳の若さで病に倒れたので、
もし長命であったら少しは日本の住宅のシーンが変わっていたのかも、と思う。
ともかく、建物が残らないことにはそういうことも考えにくい。
モノ自体を残すことの重要さを感じた。
「文化財」って、なんだか生まれたときからもう既に「文化財」だったような錯覚があるが、
もっと生きていくこととつながっているはずなんじゃないか、と。

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阪急大山崎とJR山崎は徒歩数分。西国街道でつながっている。
その途中に離宮八幡宮というのがあるので、鳥居の横の門をくぐってみると、なんと日本における製油発祥の地ということで、油の神さまの像や油脂販売業者の店頭標識などがあり、奉納されているものも油缶!
日本の有名どころの製油業者の社長・会長の名前がずらりと並ぶ年代物の奉納札?も。

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でも、一番驚いたのは、このさびれた井戸。
一応奉ってあるが、かなり脇役っぽいところにある。
なんとなく素通りしてはいけないような気がして、ちょこっと見に行く。
と、、なんとあの石清水八幡宮の元の清水がこれだと書いてあるではないか。
859年(貞観2年)!清和天皇=清和源氏の始祖の時代。
…にしても、あんまりな扱いの石清水…。
清水と油。相容れないもののようだが、希少価値という意味では共に聖なるもの、だったのか。

初めて降り立った大山崎だったが、こんどは西国街道を含めて周りを歩いてみたい。
もうちょっと暖かくなったら。
それにしても寒かった!

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【2010/03/31 00:50】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
短歌人 2010年4月号
× 上町筋の西が谷町ほんたうに谷の底ひにたにまちはある

× 谷町のひがし上町筋沿ひをバスにて着けり馬場町角(ばんばちょうかど)


ジャパン・オオサカ・バンバチョウ・カド略せばすなはちJOBKと父のたまひき

NHK大阪放送局横に聖地チベット展の混沌

聖地とふなにやらいかがわしげな名を被せ中華が儲けてゐたり

尊敬の念さへ抱いた幼き日「ニュースセンター9時」の洗練

× 「パリから磯村がお伝えしました」父母のあくがれは欧米か磯村氏か

「も」のことを「毛沢東のも」と言ひし二歳の私がちちははに棲む

× 父母にあふことなくて気付きをり放蕩の血を受け継いで生く

反欧米は反父母なのかも街道に沿ひて暮らして反抗期である

JOBK大人としての午後をゆく私は誰ですかお父さんお母さん

                                  勺 禰子(しゃく・ねこ)

補足:× 薄い色の歌は選ばれなかった詠草なのですが、
今回の一連の意味不明さの補足のためにちょこっと復活させていただきました。
ごめんなさい。
【2010/03/30 23:58】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
ブラック会社
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今日3月27日は、労働基準法が出来た日、らしいです(1947年)
(公布は4月7日らしい)。

で、こんなニュースを見つけたので、なんとなく貼ります。

「ブラック会社」と感じた出来事

1 サービス残業
2 残業が多い
3 給与に関する不正
4 有休や休みが取れない
5 ワンマン経営
6 上司が最悪
7 徹夜
8 休憩がない
8 パワーハラスメント
10 いじめ
10 帰宅できなかったこと

ふーん(10など特にちょっと文章が??ですが まぁええか)、
これって全部当てはまるとしたら真性のブラック、なのでせうねぇ(苦笑)。
ちなみにウィキのブラック会社の説明中に

>従業員側から辞めようとすると、短期間かつ単純には辞められない。
>(中略)退職日を勝手に先延ばしする。一方で会社側からは自由に退職させられる。

とあり。
ふーん。労基法なんてくそくらえっ、ある意味たくましいといえるのか。
ま、でもそんな会社から普通の人間を守るために労基法があるんですけどね。

たとえば、「ブラック会社」を「軍隊」と置き換えてみたら、
100年前に生まれた反戦川柳家、鶴彬(つる・あきら)はなんというだろう。
そんな会社が(社会が)まだありありと存在していることを
29歳で獄死した彼は何と思うだろう。


 人見ずや奴隷のミイラ舌なきを   鶴 彬
 血を吸ふたまゝのベルトで安全デー
 手と足をもいだ丸太にしてかへし


戦争のことを詠んだ句が多いのかもしれないが、
決してそれは、軍事力を伴う戦争だけのことを言っているのではないということがわかるはず。
個人の暮らしや生命を、あまりに簡単に考えている集団、団体、組織、
という匿名の下にエスカレートする有形無形の暴力に対する反骨ととるべきだろう。


 地下へもぐって春へ春への導火線   鶴 彬
 暁をいだいて闇にゐる蕾

【2010/03/27 23:58】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
歌の円寂する時 2
それで、肝心の「歌の円寂する時」ですが、
これは折口信夫が大正15年に「改造」誌に寄せた短歌滅亡論。
そのときの特集名は「短歌は滅亡せざるか」。

矢嶋氏は「勺禰子は釋迢空を敬愛し、大学の卒論に釋迢空を選んだ。よき弟子になった、さらに奮励努力をし、歌と批評をふたつながらに充実しとどこおる無き勢いを持続されたい。」と書いてくれているが、大学生の時の私は、実作は時々ノートに走り書きするくらいで、人に見せたことはほぼ皆無であり、卒論も短歌とは違い宗教哲学としての提出だった上にええかげんな卒論だったので、未だに劣等生のレッテルを自らぬぐい難く。。。
でも、やはり方向性としては間違ってなかったんやなー、と思うのは確かです。

で、「歌の円寂する時」。
84年前に言われていることと、今の現状のあんまり変わっていないことに改めて驚くというか驚かない。
まず、
「歌を望みない方へ誘う力は、私だけの考えでも、尠(すくな)くとも三つはある。」と折口は言う。
そしてそれは
 一つは、歌の享(う)けた命数に限りがあること。
 二つには、歌よみが、人間の出来て居な過ぎる点。
 三つには、真の意味の批評の一向出て来ないことである。

とし、二つ目の人間の出来て居な過ぎる点に関しては「――私自身も恥しながら其一人であり、こうした考えを有力に導いた反省の対象でもある――」という注を入れている。

そして、
「分析的な微に入り、細に入り、作者の内的な動揺を洞察――時としては邪推さえしてまで、丁寧心切を極めて居る批評」は批評ではないとし、「そうです。そんな批評はおよしなさい。宗匠の添刪(てんさん)の態度から幾らも進まないそんな処に彽徊(ていかい)して、寂しいではありませんか。勿論私も、さびしくて為方がないのです。」と言い、それは過去自分もそうであり、また流行の首謀者でもあったから、今一度正しい批評を発生させねば申し訣(わけ)のない気にさせられる旨を告白している。
また、
「その如何にも批評らしい批評がいけないとすれば、どんな態度を採るのが正しいのであろう」として
「ほんとうの批評は、作物の中から作家の個性をとおしてにじみ出した主題をみつける処にある。(略)けれども主題と言うものは、人生及び個々の生命の事に絡んで、主として作家の気分にのしかかって来た問題――と見る事すら作家の意識にはない事が多い―― なのである。其をとり出して具体化する事が、批評家のほんとうの為事(しごと)である。さすれば主題と言うものは、作物の上にたなびいていて、読者をしてむせっぽく、息苦しく、時としては、故知らぬ浮れ心をさえ誘う雲気(うんき)の様なものに譬(たと)える事も出来る。」

うーん、めちゃ面白いやないですか、折口はん。

「小説・戯曲の類が、人生の新主題を齎(もたら)して来る様な向きには、詩歌は本質の上から行けない様である。だから、どうしても、多くは個々の生命の問題に絡んだ暗示を示す方角へ行く様である。狭くして深い生命の新しい兆しは、最鋭いまなざしで、自分の生命を見つめている詩人の感得を述べてる処に寓(すま)って来る。どの家の井(いど)でも深ければ深い程、竜宮の水を吊り上げる事の出来る様なものである。此水こそは、普遍化の期待に湧きたぎっている新しい人間の生命なのである。叙事の匂いのつき纏(まと)った長詩形から見れば、短詩形の作物は、生命に迫る事には、一層の得手を持っている訣(わけ)である。」

う…第一章「批評のない歌壇」の引用に終わってしまいましたが、また後日。

引用元:青空文庫
【2010/03/16 01:18】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
歌の円寂する時 1
愛すべき短歌人の(人間界の?)天然記念人、矢嶋博士(やっしー)のブログ「日刊短歌」にて、時たま知らん間に登場しているわたくし勺禰子であるが、先日、匿名氏から矢嶋氏の掲載する短歌や写真について、本人の承諾をとっているのか、あのような写真(そのときは、赤い衣をまとった女性の写真)と一緒に自分の歌が掲載されていては、載せられている人たちは不快なのではないか云々の、当該ブログについての読解力の欠如したコメントがあり、私は別にどちらの肩を持つものでもないが(だって、きっと矢嶋氏を理解できなくてもその人にある意味罪はない)、とはいえ「匿名」の名の下に、そういうことを云々する匿名氏に不快感を感じたのでコメントした。

【「載せてもらっては困る人は、
「載せないで」と言えばいいのであり(矢嶋氏はそれには応ずるでせう)、
一瞬でも載って困った人は、
困ったことを相応の場へ訴えればいいのであり、
「載せて」と思ってないけど載ってしもて、
「まぁしゃあないな」と思える人は、
黙っていればいいだけで、
匿名氏は誰のどんな権利を守ろうとコメントをされたのか、
と書こうと思ってまたやってきたら、
匿名氏はもう消えておった。(※注:匿名氏のコメントは今では削除されている)

歌というもの、載せられて困るのであるなら、
歌会にもブログにも書かなければいいだけのこと。
写真もこの場合は撮られている意識があるのだし。
他の写真も、刑法的には肖像権・人格権・財産権などを侵害している
とはみなされないでせう。
よって、匿名氏こそ匿名の名において、
表現の自由を奪はんとするものともとれると思うが。

ま、そういう話と次元、あきらかに違うでしょ。
日刊短歌の写真、文章、は。】 
勺 禰子(しゃく ねこ)2010/03/12 18:04

このコメントの最終行が引き金となって、
どうやら矢嶋氏の記憶の一つ二つが呼び起こされたとのことで、
そのことに関する記事があって、その中に折口信夫の「歌の円寂する時」のことが書かれていて、
今度は、私がそのことで記憶を、というより、もう一度それを読むきっかけを与えてもらった。

というわけで、前置きが長くなったので、本題は次に(え、なんやそれ)。

何がどうつながるかわからないものだ。
今では匿名氏の表現の自由を奪わんとするコメントにも
感謝する次第である。

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【2010/03/16 01:05】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2010年3月号
 
初まうで都留彌(つるみ)神社の境内におもかる石はひそと待ちをり


おもかるを「おもっ」「かるっ」と口にするとなるほどこれはおもかる石だ


おもかる


「古札・神矢以外は焼上げできません(公害対策課の指導にて)」


納札所1 納札所アップ


「随時魂を抜いて焼納致します」納札所は清しく無表情


納札所2 


前世を覚えてゐると言ひ切れぬままに過ぎ行くこの路地裏を

上の歯で下くちびるを押ふれば「いかんといて」を言はないで済む

ウ音便なまめきはじめを思ほへば折口信夫の講義ノート


                   勺 禰子(しゃく・ねこ)
                     ※「   」内は都留彌神社より拝借いたしました。
                       「切り取る」ことが詠むことゆゑ許されたし。
【2010/03/01 22:58】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
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