スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
バチガール・カンチガールと珈琲牛乳のこと
蒸し暑いながらも、夕方の風は爽やか。

今日は放課後まじめに?喫茶店(というかパンやさんの喫茶部?)で短歌人誌の高瀬賞周辺を読んで帰宅。授業が終わるとなんだかぐったりと疲れていて、あれもこれもが全然できない。

駅ビルの階段を降りるときに、前を歩いていた美容学校の生徒らしき二人連れの会話が聞くともなく耳に。
「それにしてもみんなお洒落だよねー」(地方から来て下宿しているらしくネイティブ関西ではない)
「ほんと」
「私なんか全然だめ、バチガールと思われてるかも」
「カンチガールと思われてもやだよね」

-----
バチガール=場違いガール?
カンチガール=勘違いガール?

やんなぁ…??
なんでか、ナイチンゲールを思い出してしまった私。
(その連想はなんか間違ってるやろ!と自分でツッこむ)
-----

夏になって、ホット珈琲命の私も、さすがにアイス珈琲を飲む。
が、基本的にミルクの入っていないアイス珈琲はあんまし好きくない。
おいしいものに滅多に出会えないから。
一時、水出し珈琲にはまっていたこともあったが、
面倒且つ結構な量を作らないといけなくて、(美味しいうちに)飲みきれず却下、
ホットに氷を入れてもいまいちおいしくない、
で、出番が多くなるのが珈琲牛乳。
(ここまでくるともはやカフェインはもうどうでもよくなってる 笑)

で、それでも最近までちゃんとフィルターで濃いめの珈琲を淹れて、
それに牛乳と氷を入れていたのが、めんどくささに負けてつい買ってしまったインスタント。
しかも、それをさらにめんどくさがりの加速した夜に、そのまま牛乳を入れてくるくる混ぜる。

「ん!」

ちゃんと混ざってる…。
そんなあほな。
インスタント珈琲で珈琲牛乳を作るときは、
必ず少量のお湯で珈琲を溶かしてから牛乳を入れると思っていた私は
(そしたら、モロモロのを飲む気やったのか?というツッコミは甘んじて受け入れます 笑)、
小さな瓶に入らずに冷凍庫に避難させていた残りの珈琲の袋を見る。
すると
「冷たい牛乳にもすぐ溶ける」
と書いてあるではないか。

もしかして、ずいぶん前にこういうことになっていた?
気づくのおそ杉。

バチガールも、カンチガールも、
もしかしたら一般市民権を得ている言葉?

なんだかずいぶん世の中と乖離しているような気分の
2010年上半期最後の日です。
スポンサーサイト
【2010/06/30 23:46】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
高瀬賞
本日短歌人誌到着。

実は昨日ブログにお知らせお願いを書き込んだところ、
複数名の方からご連絡をいただきました。
ありがとうございます(^-^)

中には該当箇所を写メしてくださった方まで。
なかなかに幸せ者であります。

今年の高瀬賞は小島厚子さんの「冬に」だった。
短歌人会の入会から日は浅いものの、歌歴の長さ・深さは相当であり、貫禄の受賞だと思う。
そんな小島さんは新人会にも来てくださり、春の石山寺でお会いしたばかり。
気さく且つ短歌への情熱を感じるすてきな女性で、
石山寺でお別れするときは、幹事の知哲さんと私にこれ以上ない言葉をくださって、
ちょっとうるうるしてしまったのを思い出した。

ともあれ、受賞おめでとうございます。

---

今回は前回の応募者数を大幅に上回る106編が集まったとのこと。
私も最終選考の35作の中に入れていただいた。

前回と比べて、応募作としての連作、というところに無意識のうちに迎合してしまったところがあり、応募後身近な人から「まとまりすぎてうすくなった」というようなことを言われて私ももっともだとおもっていたのだったけど、藤原龍一郎さんの選評もまったく同じことを書いてくださっていた。
詠みたいこと、と、伝えること、と、考えるいい機会になった。


藤原さんの選評を引用させていただきます。
---
勺禰子氏の「つながりながら」は相聞的な旅行詠。
十五首の連作としての仕上がりはよかったが、
そう思うと、一首一首の重さがやや削がれてしまった感じもする。
ここらあたりが、連作のむずかしいところだ。
「名も知らぬままに峠のわき腹をいく度も貫通して運ばれる」
「上有田なつの終はりに降り立てばかすかに時間の流れがゆるい」
等は佳作と思う。
---

ありがとうございました。


つながりながら


【2010/06/28 23:34】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2010年7月号
庭に咲くわたしの八重桜がいつも世界で一番綺麗と思ひき

満開の二十六年前のけふ六十二の祖父天に召されぬ

月曜日水戸黄門を見ながらに崩をれし祖父は木曜日死す

染井吉野の形而上的存在と交はらず咲く八重桜美(は)し

酔へるとき華やかなりし祖父の声しらふの時は常に黙(もだ)せり

潜水艦に乗つて戻つてきたことを今更ながら気付く。四半世紀後に

十分に可能性アリ今ならば傘寿の祖父と立呑みにでも

                   勺 禰子(しゃく ねこ)

---
まだ届いていないのだけど、
一足早く届いた関東の知人が私の掲載箇所を写メしてくれたので、アップします。
が!
聞くの忘れた…高瀬賞の発表だった。
ま、私は何のコメントも依頼されてないから(笑)、
ひっかかってないこと間違いないのだけれど、
どなたになったか、非常に気になります。

「短歌人・高瀬賞」でググってみましたが、
まだ、ブログに書いているひとはいなさそうだし。。。

朝起きたらこのブログをみた誰かから、きっと速報が入っていることでしょう。
(めちゃプレッシャーかけてます 笑)

※高瀬賞
 短歌人会における新人賞。年一回。会員の応募者のなかから編集委員によって選ばれる。

---

春から通っている学校。
すでに半分が経過(半年ってめちゃ早い…)。
春よりも、勉強が進むと現実把握も進むわけで…(自己分析や環境・競合分析など)、
前へも進めず、後ずさりもできず、三すくみ状態な気分になることも。
ま、大概はのんきに過ごしております(^0^)

で。
その学校の(一部)クラスメイトの中でブレイクしてるモノがあります。

その名は
「短歌」
ほんまです。

私が自己紹介で短詩型の話をしたので、興味をもってくださって、
今では5名くらいの方が常時(笑)、日々のできごとを57577に乗せてメールしてくれます。

3つの短詩型の属性について、最初「季語あるからむずかしいよぅ」という方が多かったので、

短歌:57577 人間を詠む
川柳:575   人間を詠む
俳句:575   自然を詠む

なので、短歌と川柳なら季語もいらないし、切れ字もいらないから、
日々のどんなことでも、575で終わっちゃえば川柳にしたらいいし、
57577までくれば短歌にしちゃえばいいよ。
短詩型図
と、ちょっと乱暴な説明をしたのですが、
そしたらみんな作る作る(^0^)

ちょっと差し障りありのものもあるので、
今ここで公開できませぬが、
みんなレベル高杉。
です。



いずれまた、
差し障りのないあたりを、作者承諾の上で掲載したいと思います~。




【2010/06/27 01:00】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(13) | page top↑
とりとめなく・・・ここしばらく
気力・体力・その他の状況のせいなのか、
何度となく立ち上げては、ブログの更新をできないまま、またウインドウを閉じる、
の繰り返しなまま、6月も早や終盤へ。

月初から初旬にかけては連作の〆切り(といっても依頼されたわけでもなく、自主的提出物)が2つあって
無理矢理なんとか送付し(あ、でもF氏との約束を果たしました!という点では達成感)、
中盤は体調を崩したり、終盤になった今もなんとなくダルダルな毎日で
「5月は入力の上の出力の月でありたいと思います。」なんて言った5月はとっくに過ぎて、
さらに空っぽになっただけのような感じ(焦)。

冷房のない教室に慣れてきたところだったのが、
冷房が入り出した途端、上空から冷気が直撃(><)
家ではエアコンのない生活をしてるので、対策が必要です。
それにしても電車内もそうですが、過剰な冷房は本当に心身の鋭気をおしみなく奪ふ…。
適当に汗かいているほうが気持ちいい。
でも、そんなこと言っていられなくなるくらい大阪は蒸し暑い。
それでも、仁徳天皇陵が現存し、その昔黄金の堺の港は栄えたのだし、
江戸時代も天下の台所として栄えてきたんだ。
きっと大阪もいいところがあるに違いない!
と、訳のわからない言い訳をしながらなんだかんだ言いながら、私は大阪が好きなのかも。

勉強も復習がちゃんとできてないし、
ちょっと停滞気味。
ここらで気合い入れ直してがんばらんと!

と、気合い入れようとしてトッチラカッタだけのブログでした(苦笑)。

---
ちょこっと備忘録。
13日は約20年ぶり(!)に卒業した高校へ。
与謝野晶子研究会に誘っていただいて参加。
私が通学していた頃は、晶子の母校であるにも関わらず、まったく「短歌色」のなかった学校。
その後、晶子の母校なのに、晶子の名のつく勉強会が何もないのはいかんやろ、
ということで、会が発足、旧制女学校の卒業生も含め、地道に活動されてきた様子。
当日は、新参者の私のために、晶子の生涯を歌とともに解説してくださった。
それまではしばらく晶子訳源氏物語を読み進めておられたとのこと。
そういえば…と、帰宅後、探し出したら本棚にありました。
中巻の途中で読みさしになったままの角川文庫『与謝野晶子訳 全訳源氏物語』。
奥付をみるとなんと昭和62年(!)
いやはや。
ん、でも、古本で買ったような気もするので買ったのは平成になってからかも。
とにかく15年ちかく放置されていたかわいそうな本、この機会に改めて読了を目指すものです。

思えば『サラダ記念日』が流行ったのがちょうど私が高校に入った頃で、
私が短歌らしきもの、を細々と書きためだしたのも、そのころ。
かなりのブランクがあったものの、結局短歌というものに今も触れていることを、
晶子さんにちょこっとお伝えしたいような。

みだれ髪をよんで「ひぇ~」と思ったのは、小学校高学年くらいのときだったか。
旺文社文庫の100冊セットを誕生日プレゼントにもらったのだけど、
覚えているのは、石川啄木と与謝野晶子と島崎藤村の破戒と、ヘッセのデミアンくらい。

今しみじみ思うが、私は世に言う文学少女、では決してなかったし、
本があれば幸せというくらい本が好きなわけでもなかったのかもしれないなーということ。
このあたり、自分でも論理誤差に陥っているような気がする。

論理誤差:
先日労務管理で習った言葉で、
一見、論理的に関連があるように思えることでも、実は思い込みかもしれない、というようなこと。
曰く
「あの人はきちんとした字を書く → 故に整理整頓も上手だ」
「あの人は時刻表を調べるのが好きだ → 故にあらゆることに関して段取りがいい」
「あの人はいっぱい本を持っている → 故に読書家だ」
これらは、関連がありそうで、論理的に説明できる事象のような錯覚を抱くが、
冷静に考えると一概にそうは言えない、ことが多い。
・・・
うーん、私の方を見ないように!みなさん(汗)。

論理的因果関係はないものの、そのような帰結を見ることもままあるのですよ(墓穴)


日々、見つめ直すことの多い6月です。


20100613SenyoHighSchool.jpg

ちょこっと備忘録、のはずがえらいだらだらと…失礼しましたっ
【2010/06/21 23:16】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
熱病Ⅱ
ダブル辞任を聞いても格段驚かず。
民意、の移ろいやすさを感じたのみ。

昨年秋のブログに書いたけど、
今日、ワンセグで(テレビありません、わたし 笑)見た街頭インタビューって、
ほんとにマスコミに誘導されたような無責任論ばかりで
(それはマスコミが選別しているから仕方ないけど)、
あの勝率とこのインタビューされてた人数と批判意見の比率を考えたら、
「オイオイオイ、選んだん誰やねん」と言いたくなった。
そら、入れたからってずっと応援するかどうかは内容次第や!と言われればごもっともですが、
ほんとうに、そう?

私は入れてないけど、だからってもしインタビュー受けたら
「ね、わたしは入れてませんよ。だから言わんこっちゃない」
とは言いません。それに「無責任ですよね~」とかもいいたくない。絶対。

あの黄色のネクタイの人とかだけが無責任だと思えるのは、
かなり都合のいい人たちだと思う。
無責任でいいかげんなのは、わたしたち、でしょ。
私は支持してない、とか、私は支持した、とか、ちょっと違うと思う。

以上、おわり。


とはいうものの、この混乱に乗じて水面下で動くであろうもろもろの行く末を思うといたたまれない。
といって、私ができることは。。。
切ない夜である。
【2010/06/02 21:43】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。