夏越の祓(なごしのはらえ)―半年の大晦日―
今日で今年も折り返しです。
つまり半年の大晦日で、夏越の祓(なごしのはらえ)といって、
神社では大きな茅の輪が用意されているところもあって、
この半年のいろいろなものを祓います。

茅の輪(ちのわ)の茅というのは、茅葺屋根のカヤ。
古くから親しまれてきたどこにでもある日本の草。
さりげないけど、つよくてしなやかで
春には猫の尻尾のようなふさふさの花穂を咲かせ、
秋には黄金の穂をなびかせる。
噛むとほんのり甘く、屋根となりみんなを守ってくれる、
まっこと素敵な草。

というわけで、私の引っ越しはそっか、大みそかなのか。

普通は大晦日に引っ越しというと、夜逃げ?
みたいな? うーん、今どきそういう連想はあまりない、かな。

祓いつつ、浄めつつ、
気持ちをあらたにして
進んだり進まなかったりいろいろだとは思いますが、
がんばりたいと思います。

【2011/06/30 01:15】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
ゼロ、というより無から(というより本当はマイナスから)、また始めようと思った
徳川家康。画名「三方原戦役像」 Mikatagaharasenekizou. 別名「顰み(しかみ)像」 
三方が原の戦いにおいて、武田信玄率いる武田軍に敗れたあと、
その経験を忘れないように描かせた肖像画。(Wikipediaより)

447px-Mikatagaharasenekizou.jpg

高瀬賞は短歌人会の新人賞。
10年前に逝去された高瀬一誌さんのお名前を冠した賞。
今年は平井節子さんの「野球日和」が受賞した。
佳作には子の会でご一緒している大室ゆらぎさんと、
6月に約束の年賀状をやっとこさ(お互い)出し終えたw
木嶋章夫さんのお二人が入選。
平井さんは存じ上げないのだけど、
大室さんと木嶋さんは、私もほんとに好きな歌を詠まれるので
(しかもお二人とも全然違うタイプの歌だ)、
選ばれてうれしいしなんだか誇らしいし、当然だと思うし、
編集委員の方々はさすがにちゃんと見ていらっしゃる
と納得ボタンを10回以上押したく思った。

私はというと、今回4回目にして初めて予選にさえ通過しなかった。
正直な気持ちとしては、今年はかなり頑張ったつもりだった。のだけど、
やっぱり、たくさん詠んだ中から選択などとてもできず、
なんとかあっちからこっちから寄せ集めたものだったので
そらそうやよね、という気持ちもある。
もちろん寄せ集めたにせよ、一つ一つはかなり推敲したのだけど。

でも、

歌に対する姿勢を改めて問われている。
それは別に誰か、が問うているのではなく、
問う、という形それ自体が自立して、
私に問うている。
私はそれに立ち向かう覚悟が甘かった、と思う。

明後日は引越し。
これから私はゼロよりもさらに無になって
(ほんとうのところはさらにマイナスになって)
新しく歩き始めないといけないのだと
改めて思いました。
そしてそれは歌だけのことではなく。

というわけで、あの情けない徳川家康の自画像を思いつつ、
ここに応募作品を載せます。

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「駅ナカ時代」 2011 高瀬賞応募作品       勺 禰子


ふゆ、と言ふだけでかなしみやつてきてひらがなで書く「ふゆ」のなほさら

山上に夜明けの昏さを担はせてまばゆいばかりに雲はたなびく

足早に子安地蔵を過ぎる朝(どうか元気で。逢へぬ人たち)

タワーマンションの窓から反射して偽の朝日は路地によろぼふ

ものがたり読み終へ急に欲しくなる焦燥 読み進めてゐたときの

髭剃らぬままやつてきてイソジンで嗽してからベッドに入り来

十九日ぶりのふたりを受け容れて部屋は不可視に変化を遂げる

過去未来、現在さへも越えてただ匂ひは確かにつながりてをり

真つ白もええもんやねとすぐ溶けてしまふであらう吹雪みながら

定型におさまらぬ傷 かさぶたは剥ぐためにこそあるとは思へ

思はざるを得ぬ前世の縁として急行は並ぶ街道と走る

この線路上のどこかに君はゐて、メールはわたしに届き…距離とは?

宵のうち二時間そばにゐるだけの今を「駅ナカ時代」と呼ぼう

大和からならび夕日を見送れる生駒山から朝の日が射す

いま愛に移行してゐるわたしたち 昨夜放たれし電車のゆくへ

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【2011/06/28 23:35】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
短歌人 2011年7月号
朝靄にかすむ大山崎みつつひかりの中で稲荷寿司食ふ

袖触れる他生の縁か隣席をちらと見すれば俳句結社誌

古稀ほどか見知らぬ女性は「こくごノート」に吾はケータイに詠む句詠む歌

六号車に定型詩いま次々に生まれ出づると思(も)ふ矢作川

浜松の湖(うみ)眺むれば思ひ出す夜のお供にうなぎパイあり

大井川越ゆる束の間気配あり。夜闇に川を渡る前生

褻(ケ)の顔で走り続ける新幹線ほんたうは今でもタイムマシンで

                     勺 禰子(しゃく ねこ)

【2011/06/28 23:06】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
久しぶりの日記
なにが、ってほどでもないはずなのに、
なんだかバタバタしてしまっていて、
水無月も下旬に入ってしまいましたが、
ようやく、少し気分的に落ち着いてきた、かも。かな。

歌はあんまり詠めていません。
本もあんまり読めていません。
インプットが少ないとアウトプットも少ないし、
アウトプットも少ないとインプット自体も少ない。
要するに上滑ってる感やや、という感じです。

今月は最終日に大きな節目を迎えます。

今まで一度も出たことのなかった大阪を出て、
奈良に。
勺的に言えばつまり、峠を越えます。

不惑直前に、落ち着く、
というのとなかなか縁遠い日々に苦笑しつつ、
それでも、うっすらと道はつながってるわけで、
見えているいろんな道の不思議を、
改めてひとつひとつ思い返しながら、
段ボール箱に大量の本を詰め込み、
なにげなく口ずさんでいた「二人歩記」w
懐かし過ぎて映像貼り付けつつ、
引越し準備に戻ります。

この歌がはやっていたとき私は10歳くらい?
せつなさというものの基本形みたいなものに対する感じ方というのは、
別に経験によるものではないんだよなぁ、という思いのする最近。


【2011/06/20 22:44】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
解体家屋 ―WEB歌会ノ記より―
「解体家屋」    勺 禰子

ゆら、と夾竹桃揺れて大阪の午後二時半八月は混濁

台風のちかづくといふまひる間の日傘しなるわしなるでしかし

序説とか序章にいつも縁遠く大抵本論のただ中だ

夕方の急行に乗る駅ナカで逢ひ飲みかすかに触れあふために

はかなさをおもふときのみ存在が確かさを主張してきて困る

はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く

とりわさは何故にとりわさびといはぬ行方不明の「び」を思ひ食む

きみかんでゐるたくあんをはんぶんこしてゐるしづかに夜がちかづく

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短歌人会の中で「自薦他薦を問わず新人」のメンバーで始めた「新人会」
すでに「新人」というのもなんだかちょっと…という広がりを見せて、
始めた2008年にあやかって「子(ね)の会」と改称。
その「子の会」で毎年お正月に1か月かけてあーでもないこーでもない
とWEB歌会を催したものを冊子化して、今年で3冊目になりました。
去年までは短歌人誌1月号に載っている自分の歌をUPしていたのですが、
今年は1年間の短歌人誌掲載歌から自分で8首選び、
題をつけなおしてもいいというルールに変更。

冊子は定価600円(送料込)。
A5判 2段組 104頁
17名×8首の相互批評+昨年の吟行合宿(石山寺)記録

残数を先着順でお分けできますので、
ご希望の方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。
ブログの左のすごーく下の方の、
メールフォームからメールできます。
送付先をご連絡ください。

SANY9439.jpg
                         編集協力:ささぶね編集工房
【2011/06/15 22:31】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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