生駒トンネル
最初の生駒トンネルができて、
来年で100年です。

ウィキペディア
近鉄奈良線

生駒から石切へ電車に乗っている間は、
重力のことに静かに気持ちを集める。すると、
トンネルは確かな傾斜をもって、下っているのがわかる。
けれどまた、石切から生駒へ向かうとき、
トンネルは最後の方で少し下りになっているように思う。
なので、まだ大阪にいるときに詠んだ、

はっきりとわかる河内へ帰るとき生駒トンネル下り坂なり

は、正確に言うと間違っているのかも(^-^;

基本、大阪平野に向けて下り坂なのだけれど、
トンネルの中にも小さな峠があって、
自分の足でかどうかはともかく、
毎日まいにち何万という人が往き来しているとおもうと
ちょいとは楽しくなる、朝のラッシュアワー。

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【2013/06/19 08:58】 | ディープ奈良 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
005:叫 (勺 禰子)題詠blog2013
真夜の坂みち駆け上がるもののけの叫びにも似て風のゆきすぐ
【2013/06/18 08:45】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
004:やがて (勺 禰子)題詠blog2013
さかなやがてれくささうに白状をはじめる「ほんとはすき焼きが好き」
【2013/06/13 18:19】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
003:各 (勺 禰子)題詠blog2013
各車両つなぐ蛇腹の気持ちなどたまに気遣ふラッシュの合間
【2013/06/12 12:45】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
002:甘 (勺 禰子)題詠blog2013
舌の上(へ)に骨抜きにするやうに甘えびを殻からつうと抜き出す
【2013/06/11 14:01】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
001:新 (勺 禰子)題詠blog2013
「十人斬り」河内音頭に乗せながら新聞詠み(しんもんよみ)は血のにおひ嗅ぐ



                                     ※河内十人斬り
【2013/06/11 13:49】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「題詠blog2013」に参加します。
短歌人の勺 禰子(しゃく・ねこ)と申します。
2度の完走、3度の失敗ののち、再挑戦です。

できれば2度目の完走のような、最終日に50首詠む!
という愚かなことはせぬよう、
日々、韻律をこころのどこかにたずさえて、
がんばりたいと思います。

題詠blog2013

※題詠blogとは…(禰子の独断による解説)
 自分のブログからトラックバックすることにより、
 あらかじめ決められた題を個人のペースで詠みつつ、
 WEB上で持ち寄るという、五十嵐きよみさんが10年前から始められ
 いまやすっかり定着したWEB上の歌の座?です。
【2013/06/11 13:24】 | 「題詠blog2013」 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
屋根
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近鉄奈良駅で雨の日も風の日も噴水にさらされながら
托鉢しているおじいさんが
行基菩薩だと知ったのは大人になってからだった(じぇじぇ!)。

行基は、堺の人で、
もっと言うと、私の生まれ育った町というか村の
蜂田神社の娘、ハチタノコニヒメの息子、として
幼い頃から刷り込まれてきたので、
最後は奈良で活躍した彼の印象が薄いのでありました。
コニヒメの生まれたという華林寺(けいりんじ)は
小学生のころのラジオ体操の場所で
桜の木にもよく登ったし、
秋祭りには町のだんじりの出発地点だったけど
当時からすでに無住職の地味~な寺だった。
幼稚園のとき、一度だけ「行基を調べているんです」
という女子大生のお姉さんが歩いていて、
母と一緒に少し案内したのを覚えている。

行基も、晶子も、堺の偉人としてもてはやされるけれど、
全国を行脚し、あるいは堺を捨て(堺に捨てられ)た彼、彼女は
実際どんな感情をふるさとに抱いていたのか。

そしていま、
こんなに立派なアーチを被せられた行基は
ほんまはもっと雨に打たれたり風にあたったり
したくはないのかな、などと思いつつ
修学旅行生まみれの階段をおりた。

【2013/06/08 16:28】 | ディープ奈良 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
雨漏りから生駒 あるいは 生駒の上にも2年 みたいな。
足代の家

大阪から生駒山を越えてきて(くぐってきて)、今月で2年になります。
ずっと前から生駒界隈は通過するたびに、
またはたまに降りるたびに、
「魅力」というのでなく、
まあ「魔力」とまで言わないけど、
何か吸引されるものがあり、
気になる場所ではあったのですが
急に引っ越し先を探す必然性(※下記参照)に駆られて
ぱっと見つかったのが今の場所。

引っ越して4カ月ほどたったある日、
ふとしたことからその場所に関する由来を聞き、
往時の街並みについて教えてもらって、
いろんな人に話を聞かせてもらう様になって、
そこからいろんなことが
自分で思ってもみなかったほど広がっていって。
これからどんな風につながっていくのかは
まだまだわからないのですが。

それでも、
一人ひとりの記憶の中に眠っている光景を
できるだけそっとひっぱり上げて、
しおりに挟んでおくくらいのさりげなさで、
町の記憶をつないでいけたらいいなと
思っています。

※写真は布施に居た頃の
 なんちゃって町家風長屋(賃貸)。
 工務店さんが凝り性で、一応ほんとの漆喰壁でした。
 キレイにリノベーションされて気に入っていたのだけど、
 土台は築80年、突然のものすごい雨漏りに家移りを決意。
 思えば、雨漏りもまた、
 生駒との出会いに協力してくれたのだなぁ(笑)。
【2013/06/05 16:27】 | ディープ奈良 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
解体家屋
初めてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く 禰子 (既出歌)

毀たれてゆく姿をみて、はじめてそこに何かがあったことに気づく。
もう遅いのだけど、最後のすがたをすこしだけ記憶に残す。

解体家屋

【2013/06/04 18:37】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
これから
ながらく、ろくにこのサイトの記事を書いてませんでした。
どうにかこうにか、短歌人の月例詠草を月に一度載せるくらいで。
何故なのかも考えていませんでしたが、答えは案外簡単だったのかもしれません。
スマホから簡単に投稿できるFacebookやTwitterに
ぽろぽろつぶやいては小出しな発信を続けて、なんとなく発信欲、
のようなものが充たされていたのかもと。
でも、そのことで思考がより分散され、少しはまとまった形のなにか、
になるはずだったかもしれない記憶が、結局
ファイリングされることもないまま埋もれているのかも。
それは思考そのものを、ひいては私そのものを、日々、
切り刻むだけの行為なのかも。
そんなこんなでスマホにこの登録ページをブックマークしてみました。
(って、そんなこともしてなかったのかと言わないw)
ブックマークしたからといって何が変わるか変わらないか微妙ですが、
ちょっと動き出してみます。
【2013/06/03 00:13】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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