短歌人 2014年1月号「鯖街道」
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「遠敷*1」にてバスを降りれば透きとほる鰈六尾が五列干されき

下宮と呼ばれし若狭姫神社の銀杏降る下に場所を分け合ふ

上宮と呼ばれし若狭彦神社は姫と離れてすがしくありぬ

彦と姫あはせて一の宮といふ一粁余りを離れ寄り添ふ

知らぬ地のなべて気になる固有名詞その極み「竜前文化財愛護少年団」

そのかみの「街道稼ぎ」の恋などを思へば峠の匂ひは湿る*2

あの秋の神宮寺から鯖街道越ゆる輪廻よバスに乗りつつ


*1 遠敷(をにふ=現代仮名遣いでは おにゅう)
*2 六首目は関西歌会に出すときに下記のように推敲して出しました。

  そのかみの行商娘の恋なども包みながらに道は消えゆく
  その前にとあるWEB歌会にて出したのは
  そのかみの「街道稼ぎ」の恋などを思ひつつ乗る薄昏きバス
  推敲したからといって良くなるものでもないし、難しいです…。

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鯖街道に行ったのはもう5年も前のことでしょうか。
今年は(も?)なかなかブログにまで血液が回りませんでした。
というより、散文(仕事)モードになりきってしまって、
短歌脳が貧血で壊死寸前かも、です(汗)。
しっかりあたためなおして、やさしくさすってあげて、
時にはダメダシもしながら、
無事に生還させてあげたい短歌脳です。
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。


勺 禰子(しゃく・ねこ)
【2013/12/28 00:16】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
十津川 ―「舟」Vol.23号より―
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現代短歌舟の会機関誌「舟」23号が届く。

詩も俳句も小説も評論も、
いろんな人のいろんなものが載ってるおもろい冊子です。
会の代表の依田仁美さん(男性です)が短歌人の同人というご縁で、
私は6回目(たぶん)の参加。


「十津川」 勺 禰子

日のかげりゆく山麓を南へとひた走らせる道行きのごと

やくざものの地蔵が上にゐることを思ひ出しつつ抜ける隧道

天辻の峠の絵馬に青鬼を蹴り上げてゐるお地蔵さまは

息をのむ崩落のあと 縫ふやうに何度も何度もつくられる道

今宵十津川の人らは二十四曲もの盆踊りを踊らんとする

大踊りとふ名のしづかな盆踊り女男(めを)は扇を手に円を描く

はげしさを身に溜めぬやう送り出すしぐさか熱を帯びゆく扇

ジュリアナ東京を彷彿させて扇舞ふヨッサヨッサ男らの声高まれば

水の音に目覚めるあした君の横で場所も時代もしばしわからず

果無集落、すでに集落とは呼びがたく世界遺産を押し付ける酷

「母ちやんが死んだらおしまい十年後来てもこの景色はもうないよ」

こんこんと湧く山水にかがやいて尾根の稲穂は彼岸じみゆく

谷瀬集落へゆくゆゑ「谷瀬の吊り橋」で皆がゐるのは谷瀬ではない

県産の木造仮設住宅が日に照らされるつかのまを過ぐ

             
しゃく・ねこ/大阪府堺市生まれ、奈良県生駒市在住。短歌人


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十津川の大踊り
Wikiの参考文献みたらだんなはんの名前が載っておりました(知らんかった笑)

【2013/12/08 14:26】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「それは音を連れて」 短歌人2013.11月号 スピーチタイム〈6〉
短歌人の「スピーチタイム」に今年書かせてもらっていた
「それは○○か」シリーズ?
やっと9月にアップが追いついたと思ったのもつかの間
最後がほったらかしになっとりました…そして、
結局しちめんどくさい文体のまま終わってしまいましたm(_ _)m

というわけで最終回の第6回です。
短歌とは音そのものの器のひとつで、
リズムや暗誦性という面からみても、
広範囲に共鳴を起こすのにかなり有効な器だったのでは
というようなことを言いたかったはずなのですが…いやはや。
(過去形なところが自信のなさですが)

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「それは音を連れて」

          勺 禰子(しゃく・ねこ)
          「短歌人」2013年11月号 スピーチタイム
     
9月号より)

(最終章)2011年の1月、大阪船場の老舗うどんすき店での宴席で、
「絵画や詩と違って、短歌のような日記の垂れ流しが理解される日なんて
未来永劫こないわよっ」と女社長がくだを巻くのを聞いて二年半余。
暴論に呆れつつ改めて思うのは、そのときの声が(SNにとっては)
「耳障りな音質」だったことだ。声質による嫌悪というのはままある。

織田作之助には「僕と共鳴せえへんか」という口説き文句があったと言うが
(実際言われた人はどないしたんやろ)、
男女に限らずいや人間であるか否かに限らず、
共鳴とは何がしかの振動への快不快、音への快不快である。

また折口信夫の卒業論文『言語情調論』は、
特異な発想法で言語を「音」として捉えることに執着している。
やがて言語は「無意味」に至ろうとし、
「呪文の如き念仏の如き皆、文の域を脱して」いく
というくだりは、
和歌や古文のほか、彼のもう一つのライフワーク、
民俗の世界から感受した音そのものに対する実感で、
前回示した「歌は形の薄いもの」は、
この辺の論旨と微妙に通じるのかもしれない。

折口の代表的語彙となった「まれびと」は、
境界の外からの来訪=「おとづれ(音連れ)」を指す名詞で、
良い音を連れてくるものが神なのであり、
『死者の書』の冒頭では「した した した」という音が
死者を目覚めてさせてしまったように、
音はときに肉体を離れた何かにまで届いてしまう不思議な振動だ。

絵も詩も短歌もすべての日常は垂れ流しなのであり、
ある種の垂れ流しが相手に浸透したときに共鳴が起こる。
絵が主に視覚で、
(近代)詩が主に抽象化で共鳴を呼び起こすなら、
短歌は音自体が音を運ぶ録音再生機能付き詩型として、
視覚より概念より時を超えて共鳴する可能性を持つ器のはずである。
2013年秋、やや強引な結論にスッキリしたSNは、
独立を告げて事務所を去った。
【2013/12/08 13:38】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
エノケンの笑ひにつゞく暗い明日―このブログの塗りつぶされる日は―
鶴 彬(つる・あきら)1909-1938 反戦川柳作家。
治安維持法違反で収監された際に患った赤痢で死去。享年29歳。

めかくしをされて阿片をあたへられ
ダラ幹になつてスパイに敬まはれ
宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
フジヤマとサクラの国の失業者
ざん壕で読む妹を売る手紙
修身にない孝行で淫売婦
裏切りをしろと病気の子の寝顔
泥棒を選べと推せん状が来る
枯れ芝よ! 団結をして春を待つ
差入れが絶え情勢をはかるなり
強盗の一の子分は×××
休めない月経痛で不妊症
もう綿くずを吸へない肺でクビになる
タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやらう
増税の春を死ねない嘆願書
エノケンの笑ひにつゞく暗い明日
殴られる鞭を軍馬は背負はされ
屍のゐないニュース映画で勇ましい
万歳とあげて行つた手を大陸へおいて来た
手と足をもいだ丸太にしてかへし
胎内の動きを知るころ骨(こつ)がつき
暁を抱いて闇にゐる蕾

2013年12月5日
<秘密保護法案>与党が採決強行 参院委で可決
【2013/12/05 18:08】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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