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「右でも左でもなく」
短歌人2015年7月号 三角點(ミニエッセイのコーナー)に掲載

「右でも左でもなく」
                勺 禰子(しゃく・ねこ)

 先日、かつて学生運動していたAさんに「シャクネコ、政治の歌はあんまり詠むな、君の生活に直接関係ないんだから」というようなことを言われて、「生活に関係ないなんて言ってる間に前は戦争になったのに、どれだけ痛い目にあったのか運動自体に反省があるのか知らんけど、全共闘世代のだんまりはただの害悪。私はどんなに鬱陶しがられてもおかしいと思ったら言うし、詠むなって言われても詠みます。生活に関係ないって危機感なさすぎやわ!ガッカリした!」と言ってしまいました。

 Aさんは「運動自体が結局力の裏返しになってしまうこともあるし、反抗が相手を助長することもある。それが危険だ」という。言ってることはわかる、でもそういうことじゃないんです。するとBさんが「シャクさんが思う平和って何ですか」という。
 どちらかといえば政治詠がキライだった私が詠まずにいられなくなったのはなぜか。Bさんが問う「平和」は私にとっては簡単だ。例えば絵を描くのが大好きな少女が好きなだけ自由に絵を描け(それが資本主義的な生産性からどれだけほど遠くても)、留学や外国語の学習が自由にでき、自分の作品を作り続けられる「心身」の自由があるということ。それを思想化するなら後で勝手にすればいい。
 酔っ払いながらそんなことを涙目で訴えると、Aさんはすごくわかってくれた。オレもなんか会を作ろうかなと酔っぱらいながら言っている(組織から始めるから問題があるんだと思うけど)。

 自由に発言が許されているはずの人たちの間でさえ、普段こういうことを話すのは面倒くさい(私だって本当はものすごく面倒なんです)。歌誌でも歌会でもスルーされたりあたりさわりのない評をされることが多く、スローガンになるから、そもそも短歌の出来が悪いから(それは認めます)、人はいろんな言い訳を使い政治的な歌の評から遠ざかる。でも、今の空気に少しでも危機感を感じていたら、面倒でも鬱陶しくても、話題から除けないでほしいし、自分から詠む必要を感じない人も、自然詠や嘱目詠と同じように普通に向き合えばいいと思っています。
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【2015/06/27 23:09】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2015年7月号  おざなりなほざり
読み聞かせ、駆けつけ警固、江戸しぐさ、痒いところが余計痒くて

時制が突破されてから幾久しくて「千円からでよろしかつたでせうか」

「切れ目のない対応」を褒められたくつて大きなカンペを持つて渡米す

丁寧に説明されてもわからないあなたの頭はお花畑ね

切れ目なき保障の姿を思ほへば主語と述語の明確に見ゆ

   因果交流電燈(賢治)
明滅が存立なのだと丁寧に感じることしかできないのだと

おざなりな言葉をいつもなほざりにしてきたのはきつとわたしたち

明滅をやめたひかりの色気なさ揺れぬひかりはただの照明

                                勺 禰子(しゃく・ねこ)


※御座なり(おざなり) : 
  当座をつくろうこと。その場のがれにいいかげんに物事をするさま。

※等閑(なほざり) : 
  あまり注意を払わないさま。いい加減にするさま。かりそめ。おろそか。ゆるがせ。
【2015/06/27 23:07】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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