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短歌人 2016年8月号  餅飯殿
来るたびに歓迎されぬ心地して歩くならまち今年何度め

いつまでも余所者として居りたきは吾かも知れず顔馴染み増え

几帳面に展示ガラスの指紋消す白き作務衣の職員たちは

朝露の奥田愛基氏のおもかげの畢婆迦羅(ひばから)像の細きゆびさき

こだわりの未成熟さを思ふとき入江泰𠮷の自署「吉(サムライヨシ)」

黴臭き編集室に楠主任は「タイキチのキチはツチヨシです!」

もちいどのセンター街を吾はゆくいつしか地元の人の速度で

                     勺 禰子(しゃく・ねこ)

※写真は4月に行われた短歌人子(ね)の会吟行合宿の詠草

※数年前に奈良県立美術館で會津八一展をしていたときに、展示されていた入江泰𠮷からの封筒に、しっかりと上の部分が「士(サムライ)」になった「吉」が書かれていて脱力したことがありました。出版業界その他では「土(ツチ、𠮷野家と同じですね)」+「口」が常識なので、「士」+「口」の印刷物を見たりすると「間違ってるやん!」となるのですが、なんとまあ、ご本人寛容~wみたいな、こだわりって、そこじゃないよね、的な私にとっては衝撃的な出来事でした。

20160423_205819.jpg
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【2016/07/27 22:25】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
第42回短歌人評論・エッセイ賞
2016年7月号

昨秋の短歌人10月号に掲載していただいた
「荒鷲の雛 晶子が詠んだ戦争短歌」で、
このたび第42回短歌人評論・エッセイ賞を戴きました。
 
メールやお電話、お手紙をくださった方々、
改めましてありがとうございます。
 
与謝野晶子の残したものはとてつもなく膨大で多岐で、
これからどれくらい何を見つけてゆけるのかも覚束ないですが、
堺に生まれ、なぜか短歌をひそひそ詠み始め、
その後も細々と続けていることも何かのご縁
と思わせていただくことにして、
今後もとにかく精進させていただきます。

該当作を下記タイトルのリンク先にアップしております。
お時間のあるときにお読みいただけましたら幸いです。
【「荒鷲の雛」晶子が詠んだ戦争短歌
  ―昭和7年~13年「読売新聞婦人短歌」を中心に】


※発表ページでは2015年11月号掲載とありますが、正しくは10月号です。

同時期に発表される会員対象の「高瀬賞」(新人賞)では、
短歌人内の勉強会「子の会(ねのかい)」で一緒の黒崎聡美さんが、
評論・エッセイ賞では私と同時に、短歌人関西歌会で一緒の角山諭さんが、
それぞれ受賞されて、これもとってもうれしいことです^^

◆受賞のことば
私の生まれた堺は今、何度目かの与謝野晶子ブームです。
ですが昭和初期頃は「堺の恥」と、
与謝野の「よ」を口にするのも憚られたと聞きます。
無責任な排他と無批判な顕彰とは似ています。
ようやく晶子と向き合える手がかりを得た題材で賞を戴くことになり、
短歌人と資料発掘に尽力された堺の諸先輩に心から感謝いたします。
勺 禰子(しゃく・ねこ)
【2016/07/02 20:12】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
短歌人 2016年7月号  壬生大念仏狂言
濃藍の袖が五月の風はらむ楠の葉擦れは体内に鳴る

嵯峨野線の音も救急車の音も加へて進む「炮烙割」は

煙立て落ちては割れる炮烙に生れる厄除開運とは何

悪者の炮烙売りの名が残り鞨鼓(かっこ)売り二度の不覚の途上

清姫の出でて俄かに掻き曇る四条坊城南入ル空

躯体よき清姫が舞ふ、舞ふうちに浄き笛の音妖しくなりぬ

仇討ちのどこか喜劇と似てるさま曽我兄弟にも別の道あり
【2016/07/02 19:50】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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