鬼火
『提灯(ちょうちん)が鬼火のように連なりて、人の匂いのなき田に灯(とも)る』 禰子
 
秋祭りの季節だ。
南大阪でたぶん一番多いのは、だんじり。
各町内会で、路地のいたるところまで提灯をかざっている。
帰りの電車からいつも見える光景、
駅と駅の途中に田んぼが続いているところがある。
みんなで収穫を祝うはずのお祭りだけど、
収穫はたいてい、コンバインが一人ずつ従えて終えてしまう。

今 住んでいるところにはこれといった祭りがない。
だんじりの楽しさも、鬱陶しさも、
娘はしらないまま育っていく。

年齢順に、生まれて数年のもの達から順に、
村のあらゆる層の人たちが百鬼夜行のように並んで綱を持つ。
提灯に照らされて、いつもの通学路が妖しく光っている。
地下足袋で歩くアスファルトに、細かな石を感じながら、
朝の7時から夜の10時まで、
ご飯のとき以外3日間ずっと歩いたり走ったり飛んだり跳ねたりする。
木でできたコマ(車輪)の擦れた跡、まだ新しい木屑の匂い。
鉦の音、笛の音、太鼓の音、大工方が屋根を叩くうちわの音。怒号。

知っているから語れるのであって、
知らないということは語れないことと同義だ。

どんなことにもそれは言える。
だからといって、何でも経験しさえすればいいというもんではないけれど。


【2007/10/14 02:02】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
知らないことを 口伝で伝え聞き 想像力の羽を伸ばして感じ取ることを覚え…
 
そんな感受性をお持ちになられるようなお嬢さんにきっと、お育ちになられますよ。禰子さんのお子さんですもの。
 
百聞は一見に如かずというけれども 一を聞いて十を知るということもありますから…*^-^*
【2007/10/14 17:26】 URL | 介護人たま #-[ 編集] | page top↑
禰子が友達と勇ましいはっぴ姿で写っている写真が脳裏をかすめましたよ。

知っているから語ることができる。
知らないから語ることはできない。

どんなことを知り、語る大人になっていくのかな。子供達は。

子供達が知る範囲、親が取捨選択してやれるのは今のうち だけだもんね。

【2007/10/14 23:46】 URL | ゆずみかん #-[ 編集] | page top↑
たましゃん

いつもありがとう。
たましゃんの言葉にはいつも優しい眼差しがあります。
娘には味のある人になってほしい。
でもそのための努力を怠り勝ちな母です。


ゆすみかん

今でさえ、選んであげられることは少ない!
娘といる時間じゃないって思いたい。
ジレンマに陥る自分と、
「ま、親と言ってもしてやれることなんて所詮限られてるぜ」と言い訳する自分とでいつもごった煮です。
う~ん、
読んでほんとに矛盾してるなー、と我ながら情けないや(*^o^)/\(^-^*)
【2007/10/15 18:46】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
なつかしいなぁ、だんじり。
っといってもうちの町内にはなかったから
見る専門やったけど。
禰子のとこは力入ってたもんなぁ(^.^)

こないだ何やら子供の掛け声が聞こえてきたから
窓から見たら長い紐持って並んで練習してる、
その先にはなんと獅子舞がついてた。
そういうとこもあるんかな...
【2007/10/18 20:24】 URL | ぽにぃ #-[ 編集] | page top↑
私の知っているダンジリは動かない。動くのは布団太鼓。胸を躍らせたこの布団太鼓は、しかし、土地の象徴で拒絶そのものでした。今も変わりませんが、あちこちの祭礼や芸能をみてきて、やはり一番懐かしいのは近くの布団太鼓だと判りました。布団の端の房が揺れると私の心もあわせて揺れるのです。
【2007/10/19 03:24】 URL | かけみち三四郎 #-[ 編集] | page top↑
懐かしいものが、自分を受け入れてくれるとは限らないんですね。
受け入れなければいけないのは、自分の方なのでしょうか。


土地の象徴で拒絶そのもの

ショッキングな言葉です。でも共感できる。
私もそうでした。

【2007/10/21 06:22】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
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