短歌人 3月号
「中学生の3割以上が欝(うつ)傾向」拡声器広げる声華やいで

軽微とはいえぬ違反も検問にあたらねばまたゴールド免許

冬枯れてまた朱けてゆく山の端よおまえから見ればおまえが基点

嗚呼(あゝ)どうか懺悔をさせてくださいな。椎名林檎というやり方で

はふり・ふはり・はふり・ふはりと転がせば屠(は)ふるとはまたやさしき言葉

日に一度は思い出す香田証生もお迎え時にはかき消されゆく

勺 禰子 (しゃく ねこ)

ええかげん、「在庫」がなくなってきました。
毎月の出詠 ピンチ!

2月の歌会に出したのが、最後の「香田証生」の歌。
「お迎え時」について、作者が分からないから議論がなされた。
「死にゆくとき」派 と
「保育園へ」派 と。
「死にゆくとき」なら面白いから入れたけど、「保育園」なら途端に平凡な歌になる
との指摘があり、うーん、とこっそり唸った。
「日に一度」思い出すという作者のその執着はなんだ、という話も。
嗚咽しながら、覚悟を決めてあの映像をみたから。
忘れない、という方法しか持っていないから。

3月5日二首目掲載時より改変
とも→とは
【2008/02/28 21:50】 | 短歌人誌 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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コメント
鬱を訴える声が華やいでとは、奇妙な感じですね。でも鬱を訴える声が、鬱なのもやりきれないですが。
【2008/03/02 00:15】 URL | 宇津遠椎三郎 #-[ 編集] | page top↑
>宇津遠椎さま

そうですね。あのときの感覚を思い出してみました。
政争の話題として街頭演説の議題としているその話し方の違和感に、やりきれないものを感じました。
その奇妙さをどんな風に表したらいいのか、何日か考えたり転がしておいたりしているうちに「鬱」と「華やぎ」という言葉が浮かんできたように思います。

こんなに作歌裏話を書いてしまうなんて…(苦笑)
【2008/03/02 00:40】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
裏話、ありがとうございます。貴重です。

何をどのように話すのか。そこにすべて人間が見えてしまうのが、怖いところです。暗い話でも得意に話されてはたまらない、しかし、暗い話をただ暗く話してもまた始らない。

アナウンサーが訃報を伝えたあと、すっと現実の話題に戻ってゆくのも、仕方ないとはいえ、なんだか奇妙な気がします。

となると、やはり演技はできるだけしないことにする。というのが、一番なんでしょうか。
【2008/03/02 11:56】 URL | 宇津遠椎三郎 #-[ 編集] | page top↑
そうですね。
私も、アナウンサーの切り替えの早さについていけないこと、よくあります。
でも、じゃぁ自分は違うのかというと哀しいかなそうでもなくて、
いろんなことを忘れて平気で生きていたりします。そこが人間のいいところなのかもしれませんけど。
どちらにせよ演技はできるだけしないことが自分のためにも周りのためにもいいのでしょうね。
開き直るのでは決してなく、
忘れてしまう自分にきちんと向き合って、それはそれで認めてしまう、と。

ものすごーく、自分のなさけなさに向けて書いていますが^-^;
・・・そう考えるえと、鬱の話を得意満面にしている政治家に気づいてしまう自分は、
ある意味その人に似ている部分があるのかも、なんていうことも言えますね。
(こういうのを墓穴を掘るという・・・)
【2008/03/04 22:05】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
確かに人を非難することはたやすいことなのですが、そうしている最中に、ほんとうにおまえはそういえるのか、おまえもおなじではないのかと言う声が、あとから続いてきて困ることがあります。大袈裟なことでなくても、たとえば卑近な例が、子供をしかるときなどでも。(私も墓穴を掘ってしまったか)

【2008/03/04 23:10】 URL | 墓穴堀三郎 #-[ 編集] | page top↑
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