やまとうた
『やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。』 古今和歌集 仮名序 より

歌というものについて、想う。
生きているもので歌わないものはない。
知らずに森羅万象の原動力となり、
目に見えない鬼神のこころをも揺さぶり、
今生のえにしをとりもち、
死をみつめるものの心もなぐさめる。
それ「は」歌だ と言い切るのだ。
それ「が」歌(というもの) なのではなくて、
それ「は」歌(でしかありえない) という言い切り方。
古代人にとって、うたとはどんな意味を持っていて、
どれだけの範囲のものをうたと呼んでいたのだろう。

手段を問わず、「共鳴」するものすべてを「うた」と呼んでしまうなら、
風や、ケータイの振動までも、「うた」の一種なのか。
生を撫ぜるようなものすべてはそう呼ばれうるのだろうか。

学校を卒業するとき、先生が一人一人に本を選んでくれ、
そこに言葉を一つ書いてくれた。
それを今日久しぶりに思い出した。

「風は己(おの)が好(この)むところに吹く」 (ヨハネ三・八)

綱島梁川集(岩波文庫)の扉にそう書いてもらった。
いま、その本は行方不明だけれど(苦笑)、
良い言葉をいただいたとははじめから思っていたけれど、
年月を経て、また巡ってくる言葉がある。

眠れない夜は、
己が好むところに吹く風 のことをじっと考えてみる。
“それは無底に吹く風でなくてはならぬ”
なーんて小難しいことは置いといて。
それはあとからついてくるだろうから。
風を感じることからはじめなきゃ。

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【2008/03/10 01:28】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
「風はおのが好むところに吹く」

含蓄のある言葉です。

あなたが言うように、まず風を感じること。
感じられる心を持つこと。

いつもそうでありたいですね。


【2008/03/14 23:52】 URL | 近江俊助 #-[ 編集] | page top↑
ずいぶん長い間、忘れていました。

せっかく気づいたから、
大切にしたいと思います。
【2008/03/15 17:53】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
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