『沖つ波うち寄するも(藻)にいほりして行方さだめぬわれからぞこは』
                       古今和歌集 (1130) よみ人しらず

最近、ちっとも歌が出てこないので、
えいやっと角川文庫『古今和歌集』を占いよろしく開けて、
飛び込んできたのがこの歌・・・。

沖の波が打ち寄せる藻に行方をまかせている「われから」のような私です。

「われから」(岩波古語辞典)
  《割れ殻の意という》虫の名。海藻などに付着している甲殻類の一。
  歌では「我から」とかけていうことが多い。
  「恋ふわびぬあまの刈る藻に宿るてふわれから身をもくだきつるかな」
  <伊勢五七>

行方をさだめぬことを、嘆いているのか喜んでいるのか。
そもそも行方なぞ、自分で決められるものではないのだし、
沖つ波自体に流されるわけではなく、
沖つ波の打ち寄せる「藻」に庵しているのだから、
案外、嘆いているばかりでもないんじゃないのか。
行方をさだめぬのが意思であるかのように、
ものごとの流れをゆっくりみることのできる、いい場所やん、と。

昨日から雨。
沖つ波が打ち寄せる藻の中に住んでいる気分になってきた(笑)。

【2008/03/20 10:04】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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コメント
そうですね。私たちも何ものかを「藻」として、そこにしがみつくようにしながら、この世の大河を、浮きつ沈みつしながら、漂流しているのかも知れませんね。雨に閉じこめられているような時にはそんな気にもなりますね。
【2008/03/21 00:09】 URL | 近江俊助 #-[ 編集] | page top↑
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