犬鳴山
『姥捨(うばすて)の道であるらし特養がならびて海に向かう外環(そとかん)』
 禰子

*外環=大阪外環状線(国道170号)

犬鳴に向かう道を走るときいつも、その土地の靈は人の生まれ死ぬサイクルよりもずっと長いと感じる。土地の記憶というのは、人が死んでも残って、そこを通った人に語りかける。

20070110070758.jpg

『晴れがまし門松置けど山間(やまあい)の分譲霊園すべなく愛(かな)し』
『峠には遣手婆(やりてばばぁ)が今もいて「そこに停めてや。ハイ五百円」』
『嘆き死んだ遊女の墓のあるあたりから湧き出(いづ)る温泉ぬるし』
『土地の靈(ち)は祓い難くてその昔地震(なゐ)揺れるごとく虐げられし』
禰子
【2007/01/10 07:09】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
佐野竹之助 
 辞世の句 二首
1.「桜田の花と屍(かばね)は散らせども
          なにたゆむべき大和魂」
2.「敷島の錦の御旗もちささげ
     すめら御軍(いくさ)の魁やせむ」
【2007/01/12 00:23】 URL | 加速装置 #-[ 編集] | page top↑
佐野竹之助って、水戸の勤王浪士で、桜田門外の変で井伊大老を襲った後、負傷により亡くなる、享年21歳。とありました。
勤王というのは、おおむね郊外で起こったような印象があります。情報というのが不足していたり、遅かったり。
自分で判断できるだけの材料を手に入れていたとして、佐野竹之助という人は、どういう行動をとったのか、興味があります。今ではインターネットが現実の距離という障壁をとりはらいつつあります。
今までの実際の場所の距離が惹き起こす鄙と都というものが、まったく別の次元での鄙と都になっていくのでしょうね。
どういう鄙と都にせよ、きっとそれはなくならないでしょうね。
そういう眼でみると、現在でも十分にこの歌は切実ですね。
【2007/01/17 23:42】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
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