幸福論から落日まで――しつこく椎名林檎
最近の椎名林檎は、昨日の「落日」くらいしか知らないので、
昔の歌から少し。


椎名林檎の歌詞は、
演歌というか、怨歌というか、
ある意味正統に日本のうたの系統を引き継いでいると思うが、
(ここで歌詞が読めます)
それはたとえば「闇に降る雨」の、

  貴方を知り尽くすことが譬え 可能だろうが 不可能だろうが
  満たされる日が来る筈もない
  身体が生きている限り

というような、諦め方によるのではないかと思う。
(しかしかなりド演歌調やな、今にして思えば)
それは「幸福論」の中の

  時の流れと空の色に
  何も望みはしない様に

や、「同じ夜」の中の

  吹き荒れる風に涙することも 幸せな君を只願うことも
  泣き喚く海に立ち止まることも 触れられない君を只想うことも 同じ
  空は明日を始めてしまう
  例えあたしが息を止めても

など、枚挙に暇が?ない。

ずいぶん昔、「幸福論」の
「少し位する苦労」というくだりを聴いて、
大いに笑ったことがある。

  あたしは君のメロディーやその
  哲学や言葉 全てを
  守る為なら少し位する苦労もいとわないのです

苦労は「少し位する」のが味噌だ。
それ以上になると、よっぽど強い人か、
よっぽど状況を転化できる人以外は、壊れるだろう。
「いとわない」と言い切りつつ「少し位」(ともまた言い切る)という椎名林檎に
おおっ、っと思った記憶がある。


そんな椎名林檎が「落日」のような歌詞を歌うようになって、
こんどは大いにしみじみした。
メジャーになりすぎて、寺山修司のように自己模倣せずに
歌姫として「演歌」の王道を歩んで欲しいと思う。

  「何が哀しい?」と尋かれたって
  何も哀しんでなど居ないさ
  丁度太陽が去っただけだろう
  微かな希望と裏腹に
  ごく当たり前の白け切った夕日を迎えた

  独りきり置いて行かれたって
  サヨナラを言うのは可笑しいさ
  丁度太陽が去っただけだろう
  僕は偶然君に出遭って
  ごく当たり前に慈しんで 夕日を迎えた
  さあもう笑うよ
                         「落日」より
【2008/09/13 23:57】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
椎名林檎。
拙者にはひたすらに可憐で、子供のような 駄々を捏ねるような 童心の人のように感じたりします。
「やっつけ仕事」の浴衣姿でギターを掻き鳴らす林檎に、ぞくぞくしたことを思い出したりもします。 
最近は母親になった事でコメントもそれらしくなりました。
でも、今も昔の林檎を愛する人は多くいるのでしょうね。
【2008/09/15 22:44】 URL | 参議 北來坊 #-[ 編集] | page top↑
>参議さま

「やっつけ仕事」も好きですねー。
浴衣にギター のぞくぞく感、 女でもわかります(笑)。
つけ刃的な不安定さとは無縁なんですよね、何故か。
そこが彼女の魅力でしょう。

ところで。
ロケお疲れ様でした(^-^)
関西では放映されないようで残念!
【2008/09/15 23:09】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
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