若狭路
土曜日はちょっとした目的があり、若狭路へ日帰り小旅行。

京都から湖西線に乗り、近江今津までゆき、
そこからバスで一時間。
鯖街道を使えば、敦賀なんて行かなくても、案外日本海は近い。
(あ!でもそういえば海は見てない!)

若狭一ノ宮は若狭姫神社が街道を入ってすぐのところにあり、
そこから1.5キロ奥に若狭彦神社がある。
上下宮、二つあわせて若狭一ノ宮。
神様とはいえ、1.5キロも離れているのは、ちょっと淋しいよね。

その奥には奈良の東大寺の「お水取り」のために「お水送り」をする、
若狭神宮寺がある。
3月、神宮寺の閼伽井戸に入れた水が10日間かかって
奈良東大寺の若狭井に辿り着くと信じられていた。
(信じられている?←信仰的には現在進行形ですね。)
「送られた」水だから、「取る」。
あー、お水取りの意味がやっとわかった。

「人が死ぬとき、「息を引き取る」とニュースでいいますが、
あれは間違いです。
人は死ぬとき、なにものかに「息を引き取られる」のです」
というM教授の静かな声が頭の中で聞こえてきた。

・息は引き取られるもの
・渦巻きはつむじ曲がり
・山の霊気を感じて歩きなさい

役にたってんのか、たってないのか、わかんないけど、
とりあえず、定期的にこれらの言葉(呪文)がやってきます。

あ、話がそれた・・・若狭路小旅行の続き。
バスや電車の本数がすくなく、
待っているならと、つい7キロも歩く(歩きすぎ・・・)。
帰りのバスは程よく疲れて(ほどよくお酒もまわって、か。)、
早々に夢の中。
でも、三十分して、パッと目が覚めた。
そこは、峠の入り口。
うー、また峠に呼ばれている禰子なのでした。

wakasajinguji.jpg

ちなみに神宮寺は明治の廃仏毀釈のときも、
「頑固もの偏屈ものの神宮寺」で通し?、神様も仏様も仲良く並んでいらっしゃる。
お寺の入り口に、注連縄!
お堂の中で、柏手OK!
ええ加減な日本の王道をゆくお寺です。
でも、それが信仰じゃないのかな。
儲ける側も、取られる側も、
どうせなら一つの場所でお得に。
いやいや、そういう現世的なことを言えばそうですが、
一神教じゃないということは、そういうことなのかと。

探偵ナイトスクープあたりで、
閼伽井戸から流した水は、どこへ辿り着くか、
というのをやってほしいです(^-^)





【2008/11/19 22:12】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
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コメント
息を引き取るか引き取られるか。

引き取られるとしたら、何者かに。
引き取るといえば、本人が。

ずいぶん違いますね。

臨終の時、
人は最後にスッと微かに息を吸い込み
果てるような気がします。

ハーと息を吐いてなくなることはないような。

この世の最後の息を吸い込んで
次に息を吐けなくて息が絶える
というように。

【2008/11/20 23:19】 URL | 矢田野三郎 #-[ 編集] | page top↑
>矢田野さま

自分で考えてみると、むずかしいですね…。
息を吐いてはかなくなるのか、
息を吸ってはかなくなるのか。
先生は「息を引き取られる」というのは「息を返す」ことだと言っていました。
もらった息だから、また返すのだと。
吸い込んだままはかなくなってしまったら、
吸い込んだ息はもう循環しなくなる。

そう、思っていたけど、
もしかしたらそうじゃないのかもしれない。
それに、吸い込んだままのもののほうが、
人間にとって、どれだけ多いか。
理屈と現実はいつでも相反する真理をみせつけて、
人間に何度でも生まれてこようという気にさせるのでしょう。

吸い込んだままの息が種火となって、
また、息を吹き返すのかもしれませんね。


【2008/11/20 23:27】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
>矢田野さま

いま、コメントを書いて、
ものすごいことに気がついてしまいました。

死んでしまうことを、
「はかなくなる」
と書きましたけれど、
「はかなくなる」=「吐かなくなる」
!つまり、矢田野説が正解なのか!!??

【2008/11/20 23:31】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
墓のないのが、はかない人生

とは大阪の某墓石業者のCM

「はかなし」とは墓ではなくて、成果の「果」がない、
つまり「果無し」と岩波古語辞典の説。

吐けないのはちょっとつらいですが、
また巡り巡って、新しく生まれて吐くのでしょうか。
【2008/11/22 23:29】 URL | 矢田野三郎 #-[ 編集] | page top↑
>矢田野さま

大阪のCMは結構やってくれますね。
風土によってCMの傾向はかなり違うでしょうね(^-^)

それはさておき、
全部息を神に返してしまえば、
次生まれ変わったときに前の息をまったく覚えていないわけで、
生まれ変わったときに前世のことがわかるためには、
前世の最後の一息を残しておく必要がありそうですね。
いままでまったく疑問をもたず、息は最後に吐き出される、
とアタマだけで思っていたのが、がらがらと崩れました(笑)。

前の世で、どんな最後の一息を吸ってきて、
いまこうやって毎日呼吸をくりかえしているのでしょう。

【2008/11/22 23:54】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
吐き残したひと息が
淡くかすかなその息が
前世と今生をつないでよみがえり
その意味を確かめるために
またこの世で息をする
のかも知れませんね。


【2008/11/24 00:18】 URL | 矢田野三郎 #-[ 編集] | page top↑
「どうしてだかわからないけど息が合う」
とかいうのはつまり、
そういうことなのかもしれません ね。


【2008/11/24 00:54】 URL | 禰子 #-[ 編集] | page top↑
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