春一番に寄せて
『嗚呼どうか懺悔をさせてくださいな。椎名林檎というやり方で』 禰子

小学3年から大学4年までの13年間、うちにいたリュウという名の犬が死んだのは生暖かい春の夜だった。
M教授の修行の場でもある祥福寺というお寺に先生に付き従ってゼミ生たちで座禅に行った日のことだ。明暗いお堂の中で、何も考えずにいることを考えてしまうという悪循環に陥りながら、朦朧としていた。
リュウはすこし前から腹水がたまり、歩くのも大儀なようで毎日テラスのタイルにあごを乗せてじっと一点を見ていた。出かけるときはいつも、「帰ってくるまで元気でいるんよ」と頭をなぜ、自転車で駅まで行く。
明暗いお堂の中央の空間に、だんだんと塊りが見えてきた。
赤い花と犬。
「リュウやんか」と朦朧と思う。「リュウやんか」
神戸から堺まで2時間の道のりのはずが、人身事故だったかポイント故障だったかで、1時間は遅れた。最寄り駅についたのは12時ごろだった、と思う。
自転車で坂を上りきったところに、父がいた。
自宅まではまだ、1キロほどある。
「どうしたん?迎えに来るなんて」携帯電話のまだない時のこと。
父は1時間以上、待っていたらしい。
「遅いから、心配でな」
そのとき、リュウのことはまったく頭になかった。
迎えになんて来たことのない父が、帰路途中で立っていたのに、さして不信に思わなかった。
町のお寺にさしかかったとき父が言った。
「リュウが死んだよ」
毎日、リュウが死ぬかもしれないとわかって過ごしていたはずなのに、
「リュウが死んだよ」と言われるまで頭の中から消え去っていた。
「リュウ、お寺に来たわ」

翌日、すこし前から探していた動物を弔ってくれるという寺の車が来て、
リュウは引き取られていった。
ペットの墓を持つという趣味は持ち合わせていたなかったが、せめて保健所に持っていくのは避けたい、との家族の思いだった。
車から降りてきた歯にヤニのついたごま塩頭の坊主は、粗大ゴミのようにダンボールを抱えて、ライトバンで去っていった。
しばらくして、法要のハガキがきて、幼稚園と小学生のいとこも連れて、電車でお寺へ行った。
「お寺」の坊主は、台所で競馬中継を見ながら煙草を咥えて、
「もうちょっとでおわりますさかい、そこで待っといてくれまっか」
と、私達にヤニ臭い背中を向け直して、競馬中継に向き直った。
「リュウはどこにいるんだろう、こんなところに連れてきた私達が悪かった」と思っても、とき既に競馬中継は終わって・・。
「さぁ、はじめまひょか」と読経が始まった。

お経は・・・良かったのだ。
「あのおじちゃん、リュウとお話ししてるんやろ?」
と、幼稚園のいとこが言ったのだから。

おぼえているのはごま塩頭と歯の色、いとこの言った言葉だけ。
声明(しょうみょう)を思い出そうとしても思い出せないのだ。
聖(日知利)だったのかもしれない、と思う。

『この庭の何処に弔う場所ありや 夜な夜な坊主のしゃぶる獣骨』 禰子
【2007/02/15 00:25】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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