釜ヶ崎
あいりん福祉労働センター 夕闇の底ひに灯りはじめるひかり   禰子

昔釜ヶ崎について、詠んだ歌
通勤経路(というか、通勤先その他)が変わったので、もうしばらくそれを見ない。
その結界(と敢えて言う)の一番中心部分に入ったことはたぶんなかったと思うが、
ぎりぎり周辺を歩いたことは何度も何度もある。

ちょっとした縁で、『釜ヶ崎風土記』の続きをまた読み始めた。
昨年夏、たまたま頼まれた古本を引き取りに行ったとき、
目について衝動買いしてしまった不思議な本。
作者は一年間この街に棲みついて、これを記したという。
ここ、がどんなところか知らなくても、
何かに導かれるようにして結局釜ヶ崎に辿りついてしまう人たち、
というのがあるというのだ。

土地の霊というのが確かにあるというのは、実感として持っている
そして、それは人間のそれよりずっとずっと長いスパンのものだ。
その土地土地の神を鎮めるために祭りをする、
昔の人たちの発想はいまの私たちがどんなに想像しても想像できないくらい、
急所を押さえている、と思う。
【2009/03/30 00:53】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
<<弥生尽 | ホーム | 短歌人 4月号>>
コメント
日本では、
子供が生まれた喜びや親を失った悲しみを歌わないと池田弥三郎は言っています。

同時に外国のことも歌ってこなかったと。

それぞれの土地の魂を持った地名を入れ込んで歌うのが日本の歌で、それが歌枕なのだと。

釜ケ崎という多くの人々の魂を吸い込んだ現代の歌枕の、そこに盛りこまれたエネルギーと疲労感と悲しみに感応して、生まれた歌のような気がします。



【2009/03/30 14:12】 URL | #-[ 編集] | page top↑
おれも磁石に惹きつけられるようにして行ったけど、そのまま吸い込まれそうになった。
釜ヶ崎は、すてきだぜ。
【2009/03/30 19:11】 URL | 田中洌 #mQop/nM.[ 編集] | page top↑
西成区萩之茶屋に4年住んでいます。暴動を生で見れるとは思いませんでした。
【2009/03/30 22:22】 URL | 萩野茶 #-[ 編集] | page top↑
■矢田野さま(ですよね?コメントの内容から推察しますにv-411

枕というのは呪術的な容れモノなのですね。
今思っているような物理的かそうでないか、というのとは全然違う価値判断が見えてきます。
歌を細々と続けてきて、やっと何が知りたかったのかがわかってきたような気がします。そして、それを後押しするかのように、これでもかこれでもか、といろいろな事象が繋がってゆくのです。
わかるまでに約20年(しぇーっ!)かかりました。

■田中洌さま
はじめまして。読んでいただきありがとうございます。
田中さんのブログ、なにか引き寄せられるものがあります。
またぼちぼちお邪魔して読ませていただきます。
実情を知らないのにこんな歌を詠んで…と恥ずかしい思いもありますが、
それぞれの立場、その時々の実力、で触れていくしかないと思います。

■萩野茶さま
はじめまして。お越しいただきありがとうございます。4年、ですか。
それまでは関西ではなかったのでしょうか?
萩之茶屋の駅前のカナメ医院の歌を詠んだことがあります
(車窓から見ていただけですが、あまりにインパクトが強くて)。

「皮フ・性病・内科・婦人科」中黒(なかぐろ)で繋がれておりカナメ医院は  禰子
【2009/03/30 23:26】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
「釜ヶ崎」と言わず「あいりん福祉労働センター」と言うのは、微妙におめかしして微妙に何か避けているような気がします。横浜寿町のその種の施設は、モロに「寿町・・・」と名乗っていたのではなかったかと思います。ウロ覚えですが。
【2009/03/30 23:35】 URL | tamaya #wMURzdEY[ 編集] | page top↑
昔、住んでいた堺市。

難波と堺東の間を、電車でいくとき、
やはり車窓からでしたが・・・
「あいりん福祉労働センター」の
大きな直方体の灰色の建物を
ずっと見ていました・・・

見ずにいられなかった・・・

ここに
どんな人生が
集まっているのだろうと
思いながら。
【2009/03/30 23:47】 URL | ラマーレ #-[ 編集] | page top↑
■tamayaさん

そうなんです…。
釜ヶ崎に棲んでいる人は、だれも「あいりん」と言わない(言いたくない)と思います。
これは日本の行政の地名に関する想像力のなさ加減を物語っています。
実際、ビルに埋め込まれた文字「あいりん労働福祉センター」(実際にはこの語順が正しいと、後で気づきました…)はナンセンスで滑稽ですらありますが、でも、四天王寺の時にも書いたのですが、上にあるものなんか、もうどうでもいいのですね。磁場の威力にとっては。四天王寺の建物がどれだけ新しく、威厳がなくても(ある意味、ものすごく威厳ありますが)、釜ヶ崎(大昔は名護町と呼ばれていたようです)にどんな福祉施設ができようが、そこに集まってくるものは同じなような気がします。
もちろん、ここも熊野街道の脇です。

横浜にもあるのですね。
関東もいつかじっくり歩きたいです。
【2009/03/30 23:49】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
■ラマーレさん

あれれ、tamayaさんのコメントにレスしてるあいだに(笑)。
なんと、堺東!!!
私、堺東駅で下車して高校に3年間通い、
その後も堺東駅で下車して12年勤めておりましたよ~。
バリバリの元堺っ子なのです(堺っ子体操ってのも踊れるww)
あ、話題が…
あの灰色の建物については、上記、tamayaさんところで記しました。
わたしも、見ずにはいられなかったです、いつも。
【2009/03/30 23:53】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
 釜ケ崎で検索して訪問しました。
 はじめまして。いいブログです。歌も好きです。ときどき寄せてもらいます。
 わたくし寅三郎もカマにはお世話になりました。とても他所とは思えません。

 釜ケ崎を詠った歌と思う歌を覚えています。
 作者は失念しました。

 闇路地の奥より細き声聞こゆ 来るなと聞こゆ助けてと聞こゆ

 ホームレスといえば悲しく 無宿人といえば儚く この人らあり

 釜ケ崎を実際に見た人なら心に来る歌ですよね。
 では。
【2009/04/30 12:25】 URL | 車 寅三郎 #-[ 編集] | page top↑
■車寅三郎さま

コメントありがとうございます。
釜ヶ崎で検索して来ていただけるなんて光栄です。カマと呼べる近さがあるのですね。。。
風土記もお読みになったんですね。。。
あの本とはなんとも言えないご縁があります。

わたしもあの場所にどうも掻き乱されるものがあります。
「なんで?」って聞かれると「わからへんねんけど」というしかないようなものですが。何かあの磁場に反応してしまうんですね。

上記の歌、どこかでまとまった形で読めるのでしょうか。残響のある歌ですね。

大阪については定点観測地として、これからもぽちぽち書いていきます。
また、お越しくださいませ。
【2009/05/03 03:10】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://chipoo.blog84.fc2.com/tb.php/357-3608671a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |