007:ランチ (勺 禰子)
十三の春あつけなく逝きたまふ祖父思ふときランチジャーあり
【2009/06/05 23:25】 | 「題詠blog2009」 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
13までいてくれてよかったですね。
私の場合は5才頃まででした。

ふるさとの地へ車で運び、
なぜか私が一緒に乗っていきました。

着いて寝棺を開くと口から一筋の血が流れ、
それを誰かが木の葉ですっとぬぐってくれたのを
幻のように覚えています。

この祖父が
今でも私を守っていてくれている
ように思います。

しかし、それに気づいたのは
つい最近のこと。
なんと長いこと気つかずにいたのか
と思っています。

【2009/06/06 14:17】 URL | 矢田野三郎 #-[ 編集] | page top↑
最近いつも考えているのは、子達の心の中でずっと祖父母が生きて
いてくれたらいいなということ。
五才なら大丈夫なんですね。
順番なので仕方ないですから、せめて心の中に。
【2009/06/06 15:49】 URL | ゆずみかん #-[ 編集] | page top↑
禰子さんが
お祖父さんを思い出されるときに、
ランチジャーが浮かぶのですねv-22

わたしは何だろう・・・?
と祖父の思い出を
たくさん思い出しましたv-238

ふつうの田舎のお爺さんなんですが
血族の中でとても尊敬を感じる存在でしたv-42
【2009/06/06 16:08】 URL | ラマーレ #-[ 編集] | page top↑
■矢田野さま

5歳ですか。
人間の死に初めて直面したのは小学2年生のとき、祖父母の死。鼻に綿を詰められているのが強く印象に残っています。
生き物の死、は幼稚園のとき、「おじゃこ」について(笑)。
朝、なにげなくいつもの大好きな朝ごはんのおじゃこを親指と人差し指でぎゅっと一匹つまんでみると…
「どっくんどっくんしてる!!!」
…つまり、私の指先の鼓動を感じたのですね、おじゃこ、小さいから(苦笑)
でも、それでおじゃこは生きていたんだーっと妙に納得しました。

■ゆずみかん(ごめん、敬称略で^-^;)
そうだね、こうやって大きくなって誰にいわなくても時々思い出すから。きっと大丈夫。ずっと生きているよ。

■ラマーレさま
素敵なおじいさまだったのでしょうね。
「ペリーヌ物語」のビルフランさまを想像してしまいました。ちと妄想か??

私のおじいちゃんは、同じ町に住んでいましたが、私の家の裏のおじいちゃんの畑に来るときに、ときどき持っていたランチジャーが印象に残っているのです。
無口で、お酒の好きなおじいちゃんでした。
後者のみDNAを受け継いだみたいです(苦笑)

あ、もう歌会にいかなくては!!
【2009/06/07 12:00】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
ランチジャー
うん、なつかしい。
私の場合は、父の使っていたランチジャー。
父の仕事場と自宅が隣接する環境になったのは中学入学と同時だから、小学生のころの記憶だな。

私が3歳の頃に亡くなった祖父のイメージは、写真と話と形見の書(書家だった)と朧な記憶から成っている。
【2009/06/09 01:02】 URL | すずぼん #qDRrdO.I[ 編集] | page top↑
本田莫山!
かっこええなぁ、書家!

いやいや、旧姓やし、本田って本名ちゃうし(笑)

父はランチジャーとは無縁な人だったので、
ちょっと憧れでした。
おとーたまも職人!?
小さいとき職人になりたかったので、
勝手に職人妄想はじまってます!
【2009/06/09 21:43】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
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