定型
最近、どうも定型からはみだしている。
今月号も、自分では不都合なく定型に収めたつもり、だった。

が、よくよく数えてみると上から順に

5・7・5・7・8 (惜しいっ)
8・7・5・7・7 (初句8って)
5・8・5・10・5 (4句10って…)
5・7・5・7・7 (!)
9・5・5・7・7 (初句9って)
5・7・5・7・7 (!)

うーん。
どうでしょうか。
それでも、読んでみると自分ではそれほど違和感ないのですが。
よく、破調は【必然】がないと成功しないと言われます。
たしかにそう。基本の器があるのですから、それを崩すなんてよっぽどの理由がないと。
その理由がひとりよがりかそうでないか、入れ替えが不可能かどうか、
そのあたりが必然の分かれ道、でしょうか。
私は、初句が字余りになる傾向にあるように思います。

先日、某ネット歌会に出した歌も、自分ではすっかり定型というか
ちゃんと短歌の器にのっていると思っていたのですね。。。

時たまはひとりがつつりとんこつのらうめんの匂ひにわしづかみにされる
(57599)

……。
下句だって、思いっきりあふれてるやん…。
しかし、これはなんとなく自分的には必然的なのです。
たしかに一般的必然性をもつかどうかはちょっと疑問。
しかし、一般的必然性を獲得しよう、と心の底では思っていないかもしれない、という噂も。
(誰や、そんな噂流したの)

こうやって、自分では誰にも迷惑をかけていないつもりでも、
いつの間にかはみだしていることって、きっと他にもいっぱいあるような気がしてきました。
というか、ありますね。。。
実害を蒙っている身近な人には申し訳なく思っています。

定型、というのはそのときどきの脳味噌やからだと深く関わっているものだとあらためて思う。




【2009/12/30 00:26】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
<<2009年大晦日 | ホーム | 短歌人 2010年1月号>>
コメント
はみだしものの味ってものも、すてがたい!

今日もお仕事だ~~~!
倒れそう~~!

明日からやっとおやすみです
【2009/12/30 06:20】 URL | 知哲 #hurAyYjo[ 編集] | page top↑
自分の中から、自然に出てきた字余りは、けっこう読んで自然なんですよね。
ただそれが、読者が読むときになちゅらるか、までの保証がない、わけで。
意識的にずらす、足したり引いたりすこともあったりするんですけれど。

ただ、歌の原型は声に出して読むこと、と、わたしにはインプットされていて、声に出すことで確認はしてるんですけれど。

自分の歌は分かりませぬ。
【2009/12/30 09:00】 URL | 文 #oL3vnBpM[ 編集] | page top↑
お、おくればせながら
■知哲ちゃん

そ、たい焼きもはみだしたところのぱりりんっのところが美味しいもんね!

■文さん

そう、わたしも声に出してから清記します。
で、自分の都合で緩急つけているから、自分ではすっごくしっくりきているのに、普通に上から読むとうーーん。という感じかなぁぁ。
それを、ひとりよがりとぞいふ?(笑)

>意識的にずらす

おおっ、そよやうな術、まだ身についておらず。
単純明快なO型です(うふ←??)
【2010/01/01 20:05】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
5、8、5、10、5以外は
基本的には短歌として通用するとおもいます。10もいちがいにアウトではないとおもいます。むしろ最後の5が問題。小池さんが最多12音ぐらいまでは、早口で読んで違和感がなかったらセーフと言ってておられたような記憶があります。不正確だったら小池さん、ごめんなさい。
 短歌は、ゆるく考えれば、短、長、短、長、長。あるいは、緩急緩急急のリズムと考えることができます。何人かの人が実際に読んでみる、と書かれているのは、そのリズムの範囲内にあるのかどうかを確かめる作業という訳なのだとおもいます。長い固有名詞がきたら初句が長くなります(最高7音まででしょうか。それ以上になったらリズムが逆になってしまいます)。結句が長過ぎたら体操選手の着地が上手く決まらないような感じになります。という訳で僕は、長くなる時には、2句目、4句目に、無理に押し込めた感じをもたれない範囲で押し込むようにしています。
 僕は、逆に5、7、5、7、7の短歌を自分で作ったら、人前で裸で歩くような感じで少し恥ずかしい感じがしてしまいます。
 いつも、だらだらと長いのは、よくないですが、破調は、開きなおって自分の個性的文体にしてしまえる余地も考えられるのではないでしょうか。

 
【2010/01/02 18:51】 URL | 山寺修象 #ZA9zVw0U[ 編集] | page top↑
追記
前記の5、7、5、10、5は実際の短歌を見ていませんが、一般論として下句は、句またがりで8,7とみなせば、ごく普通の短歌と考えることができるし、5、7、5、9、9は同様に下句をやはり句またがり(または、句割れ)で11,7という風に考えて作歌されたら、もう少し、リラックスして作れるのではないでしょうか。僕は、ごく普通にそうやって短歌を作っています。全然、句またがりや句われとも考えられないリズムとか、全然長過ぎるとかなら、ちょとしんどいでしょうが。
【2010/01/02 22:10】 URL | 山寺修象 #ZA9zVw0U[ 編集] | page top↑
■山寺さん

ありがとうございます。
ひとつ前のエントリの1月号の歌です。

>「大職冠」といふ名のバス停だけ残りいい人だつたのかも鎌足は

でも、数えてみたら7・8・5・10・5でしたぁ (^-^;
しかし、下句は10・5と思って詠んだわけではなく、
自分の詠んだときの感じを再現してみると、8・7です。
だから、山寺さんがおっしゃってくださっているように普通に受け容れられるかな、と。

>最多12音ぐらいまでは、早口で読んで違和感がなかったらセーフ

うーん、たしかに。私も許容できます。
小池さんって、そういうところが自在ですね。とらわれていない。

>僕は、逆に5、7、5、7、7の短歌を自分で作ったら、人前で裸で歩くような感じで少し恥ずかしい感じがしてしまいます。

このコメントで山寺さんの繊細さをあらためて感じました。
確かに言われてみればそんな気もします。言葉って、リズムって、ふしぎだ…。

雲南省は寒いんですか?
【2010/01/03 23:02】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
プライベートのメールを送ろうと
しましたが、書き終えて送ろうとしていると消えてしまえり。片手打ちみたいに打つのが遅いのでショック。こちらで送ります。雲南省の国境の町であるこの町は、中国南部にあり少し高度があるので、今は(多分一番寒い時期)、日本の太平洋岸でいえば、3月中旬~下旬くらいな感じでやや曇りの日が多いです。晴れれば日中はいつもの半そでTシャツでもいいくらいです。省都の昆明は高度の関係でもう少し寒いのかもしれません。
 (そろそろまじめな話)ねこさんのブログをほんの少し読ませてもらって、ねこさんは(意外に?予想通り?)教養と文学的素養とがんばる姿勢がある人なのだとおもいました。そんな人は、20年~30年間、短歌に一生を賭ければ、短歌実作か短歌評論のどちらかで20年~30年後の自分が納得、満足できる程度には成長できて(上手くなって)いるとおもいます。(どちらを選ぶか、どちらかも選ぶかが問題ですが。多くの人はどちらも選んで失敗するのが一般的な歌人の人生なのだとおもいます)
 外国では、日本のように国会図書館の本を(図書館で)読んだり、競馬、パチンコなどはできないので、持ってきた文庫のエッセイを読んだり、持ってきたパソコンで青空文庫や藤原龍一郎さんの古いブログや川野里子さんのブログで評論を読んで勉強したりしています。ねこさんの過去ログも読んで勉強させてもらいます。たくさん読んでの感想はまたその時に。
【2010/01/04 10:43】 URL | 山寺修象 #ZA9zVw0U[ 編集] | page top↑
■山寺さん

>書き終えて送ろうとしていると消えてしまえり。

ひゃー、それはご愁傷さまでございました。
めげずにたくさん書いてくださってありがとうございます。
そういえば、山寺さん、忘年歌会でもTシャツだった?

>意外に?予想通り?
(笑)、お任せします。20~30年すか!いやー生きてたいけど、大丈夫かーと少し心配。
評論も書いてみたいです。が、ワタクシきっと実作の方があっているのかな、という気もします。
もちろん二兎追ってもいいわけですが、両方とも転ぶとちょっとツライですね。
藤原さんは博覧強記かつ藤原さんの歌の持つ言葉の力は尊敬しています。
川野さんの新刊(でもないが)も読みたいと思ったまま。
また、興味深い本やブログがあれば教えてください。

【2010/01/06 00:34】 URL | 勺 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://chipoo.blog84.fc2.com/tb.php/478-08a12378
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |