聴竹居(ちょうちくきょ)―竹を聴いて居る―
土曜日に大阪くらしの今昔館で開催中の企画展、「聴竹居」と藤井厚二展にあわせて開催された、
大山崎に今も残る「聴竹居」見学会に当選したので参加してきた。

20100327_135453.jpg

聴竹居と、その建築家であり住人であった藤井厚二については、
有志で管理・運営している聴竹居倶楽部のHP聴竹居や、ブログ「日本建築の美」聴竹居などを参照されたい。

現在も個人の所有物であるため、内部の写真のインターネット上での公開はだめとのこと。
内部の写真は聴竹居倶楽部のHPからごらんくださいとのこと。

これくらいはいいかな。
20100327_140652.jpg


一週間後にはもう4月とは信じられない寒さの京都、大山崎町に11時前に到着。
藤井厚二が母のために建てたという茶室(現在も普通にお住まいされているおうちなので普段は非公開)の見学のあと、各自お昼休憩を取って、午後から聴竹居見学。詰め詰めのスケジュールでないゆるーい見学会なので、ぶらぶらと桜を愛でつつ(寒さに震えつつ)あたりを散策できて、ちょうどいい感じだった。
茶室と聴竹居ともに聴竹居倶楽部の松隈章氏が丁寧な解説をしてくださった。
今後の保存のために、いろいろ尽力されている。
HPから申し込みをすれば見学できます。おすすめです。

「すむ」とは何か、私たちは今ほんとに住み心地のいいところで暮らしているのか、
を考えさせてくれる空間だった。
住むという言葉を入力しようとすれば、「住む」「澄む」「済む」「棲む」「清む」…といろいろ出てきた。
聴竹居は昔の平均的な居住空間ではなく、あくまで実験的特権階級的な空間ではあるけれど、
それでも、日本という風土でどうすれば住み心地よく暮らせるのか、
今よりもかつての方が自由な(自然に適った)発想が全体に残されていたのかもしれないと思う。
藤井厚二は残念ながら49歳の若さで病に倒れたので、
もし長命であったら少しは日本の住宅のシーンが変わっていたのかも、と思う。
ともかく、建物が残らないことにはそういうことも考えにくい。
モノ自体を残すことの重要さを感じた。
「文化財」って、なんだか生まれたときからもう既に「文化財」だったような錯覚があるが、
もっと生きていくこととつながっているはずなんじゃないか、と。

20100327_130310.jpg

20100327_120315.jpg


阪急大山崎とJR山崎は徒歩数分。西国街道でつながっている。
その途中に離宮八幡宮というのがあるので、鳥居の横の門をくぐってみると、なんと日本における製油発祥の地ということで、油の神さまの像や油脂販売業者の店頭標識などがあり、奉納されているものも油缶!
日本の有名どころの製油業者の社長・会長の名前がずらりと並ぶ年代物の奉納札?も。

20100327_132434.jpg 20100327_132422.jpg
20100327_133150.jpg 20100327_132609.jpg

でも、一番驚いたのは、このさびれた井戸。
一応奉ってあるが、かなり脇役っぽいところにある。
なんとなく素通りしてはいけないような気がして、ちょこっと見に行く。
と、、なんとあの石清水八幡宮の元の清水がこれだと書いてあるではないか。
859年(貞観2年)!清和天皇=清和源氏の始祖の時代。
…にしても、あんまりな扱いの石清水…。
清水と油。相容れないもののようだが、希少価値という意味では共に聖なるもの、だったのか。

初めて降り立った大山崎だったが、こんどは西国街道を含めて周りを歩いてみたい。
もうちょっと暖かくなったら。
それにしても寒かった!

20100327_133000.jpg


【2010/03/31 00:50】 | ディープ近畿(上記以外) | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
<<短歌人会 第1回ネット歌会開催要項 | ホーム | 短歌人 2010年4月号>>
コメント
ジャーナリスチク
勺禰子はジャーナリスチックな人である。

短歌人会Web歌会はじまるで。で、短歌人公式サイトから転載ですけど。
締め切りは、4月2日(金)ジャ。-ナ。リスチク。

★詠草送付先  tankajin-eisou@mail.goo.ne.jp
※メールの件名は必ず「第1回短歌人会ネット歌会詠草」として下さい。
【2010/03/31 13:46】 URL | 矢嶋博士 #-[ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://chipoo.blog84.fc2.com/tb.php/507-e002cd3a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |