熱病Ⅱ
ダブル辞任を聞いても格段驚かず。
民意、の移ろいやすさを感じたのみ。

昨年秋のブログに書いたけど、
今日、ワンセグで(テレビありません、わたし 笑)見た街頭インタビューって、
ほんとにマスコミに誘導されたような無責任論ばかりで
(それはマスコミが選別しているから仕方ないけど)、
あの勝率とこのインタビューされてた人数と批判意見の比率を考えたら、
「オイオイオイ、選んだん誰やねん」と言いたくなった。
そら、入れたからってずっと応援するかどうかは内容次第や!と言われればごもっともですが、
ほんとうに、そう?

私は入れてないけど、だからってもしインタビュー受けたら
「ね、わたしは入れてませんよ。だから言わんこっちゃない」
とは言いません。それに「無責任ですよね~」とかもいいたくない。絶対。

あの黄色のネクタイの人とかだけが無責任だと思えるのは、
かなり都合のいい人たちだと思う。
無責任でいいかげんなのは、わたしたち、でしょ。
私は支持してない、とか、私は支持した、とか、ちょっと違うと思う。

以上、おわり。


とはいうものの、この混乱に乗じて水面下で動くであろうもろもろの行く末を思うといたたまれない。
といって、私ができることは。。。
切ない夜である。
【2010/06/02 21:43】 | 日々雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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コメント
革命とはなにか
政治は、革命をすることはできない。社会主義革命と言われているものはすべて失敗した。資本主義の国の政権交代でもそれは不可能で。

革命というのは、人間の心の革命が社会に少しでも反映あるときにいう。

北欧諸国の、福祉システムの実現なんかは、革命の部類に入る。で、こころというか、人間の「感覚」の革命は、芸術が、これを、おこなう。ただちに政権の政策に反映されないではないか、という、反論は、無視してよい。革命とは、表面の政策転換に、あるのではないから。

深層で変わってゆかか無ければ、地球の未来はないわけで。深層は、芸術でしか、係わりあえないので。

現大阪市長は公約に

  中学の完全給食実現

を、掲げていたが。就任後、大阪市役所の古株から「レクチャー」をうけ、

  そんな金、ありまへんでえー。

の一言で、あっさりと公約を撤回した、やはらかいひとである。「金」は有り余るほどある。中学の完全給食実施など、こころの革命あれば、一か月で実施可能の、

  仕事の量である。予算の量である。

どれだけの表面繕いのみに莫大の市予算を垂れ流してきたか、今しているか。一目瞭然であるのに、マスコミも取り上げない。ここ、大阪市の全中学生に、バランスとれた昼飯を、くわせる、ということは、

  短歌の

しごとである。やらせねばならぬ、というところまで、大阪市民の意識を、改革するのは、短歌である。が、政治的スローガンは、短歌にはならない。あくまで、抒情歌において、これはすすめられる。

【2010/06/08 23:21】 URL | 矢嶋博士 #WGj0Orxo[ 編集] | page top↑
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