字余り時代
日曜日は短歌人関西歌会で京都へ。

関西歌会の今の方式は、自由詠をあらかじめ一首提出、
数日前に詠草集が送られてくる。
13時から16時まで3時間で今回は17首、15人が集った。

歌会にはいつも意識して「?」な歌を出すようにしているので、
点数はサッパリでも、賛否の否の方が若干(?)多くても、
なんとなく熱く語ってくれた人が多かったので、
これをもとに作り直してみたいと思う。

歌評というのはつくづく難しいと思う最近。
自分では自明のことで端折ってしまったり、
いや、実はわかってるような気になっているだけで、
さっぱり言語化できずに全然ちゃんと評ができていない、
と思うことが多い。。。

髪の毛もなんかこの一週間で急にパサついてきたし、
なんか調子わるいかも、わたし。
(いや、比較すべきところが微妙にずれていると思うが…)

16時からの研究会は久々の「短歌人誌を読む」
なぜか同人の人が多く、会員は3人しかいなくて、
私の2月号の詠草も俎板の上に…。

圧倒的に字余りが多いと言われてふと気づく。
たしかに多いかも。
それで今回の一連は、題詠ブログで締め切り前の2日間で残りの50首を詠むという
超無謀なことをしでかして、その中からの出詠だったので、つい
「どんどん詠むうちに定型とかあまり考えなくなったのかも」と口走ってしまったら、
すかさずIっちに、「ふつうはどんどん詠むうちにどんどん定型になるのでは?」
と突っ込まれた(笑)。
そ、そうなん?
そうなんかも…。
そうだと思う人!w

よく句跨りしてるとか句割れしてるとか言われるんですけど、自分では自覚のないことが多い。
というより、その部分、一気読みしてることが多いのでワタシ的にはリズムを損なってない…。
このワタシ的というのが、超ダメダメなんですが。
しかし、57577という区切りが消えるというか…
いや、定型のリズムをなくしてはないと思うのですがー。
とはいうものの、やっぱり最近字余り多いです。
上記と矛盾するといえばするが、
「自覚がない」というのは、「無自覚だ」というのとは違うのでありまして(苦笑)
必然的とまでは言えないのは確かながら、
無自覚でそうなったわけではないのであります。
(あー、自分でもややこしいやつ)

で、歌会に出した歌

ハンガリー舞曲弾き続けるうちに楽団員らから滲みくるもののあり

はんがりー/ぶきょくひきつづ/けるうちに
上句はまたがってても17音おさまってますわね?

がくだんいんらから/にじみくるもののあり
9/10
たしかに、だぶだぶと余ってきてます。
しかし、「ら」も「ものの」も、何度考えても抜くことができなくて、
(というのにいくぶん語弊があるので、言い換えるとするならば、
「何度考えてもそれらの言葉をこの歌から抜くことが気持ち悪くて」です)
今回はそのまま出してみた。もっと定型の歌もあったけど。

というわけで、字余りな時代に突入中。
どうなりますやら。

【2011/02/08 01:07】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
<<タハリール広場 | ホーム | 新年歌会2011 その3>>
コメント
よめばよむほど定型になるというのは、私はそうなんです。
だんだん「型にはまってしまう」のは、生来のものかもしれません。
最近の課題は「壊す」ですが、どうしてもできません。生き方からして、そうですもん。

身体に定型が入ってきて、定型で踊るのは、バレエも一緒。しかし、フラでは、すこしずつズラして踊るのが上手いとされています。スピードの違いもありますね。
…話がずれました。
【2011/02/08 09:36】 URL | かすみ #v28RnTd6[ 編集] | page top↑
歌会できつ~く言ってくださる方というのは、ありがたいですよね。僕はこのところ歌会マゾ症候群かも・・・。他界された玉城徹さんが、《一ばん怖いのは、褒められることです。自分を褒めて呉れるのは「敵」だと考えることが、いつでも大切な心掛けです》(「短歌現代」2007.11)と言われていたのを思い出しました。
【2011/02/08 13:08】 URL | tamaya #wMURzdEY[ 編集] | page top↑
僕は定型短詩を作っているときに、それが定型にきっちりはまっているかどうかよりも「定型のリズムに乗っているかどうか」で勢いで書いてしまいます。初級者にはあるまじきことなのかもしれませんが。

数えてみれば33音あったりするのは、よくあることです。
【2011/02/08 19:15】 URL | H.IBA #-[ 編集] | page top↑
■かすみさん

わたしこう見えても生まれたときは優等生だったんですが、だんだん外れてきているような気もします…。定型、あってないんかな(汗)。もちろん「少し」ずらすなんて器用なことできへんし(再汗)。なるようになるかと思っています。投げやりなのではなく、あるべきやうに、と。

■tamayaさん

おお、tamayaを分解すればtaんかにmaぞなんya!(爆)
しかし、はっきり言うと、私は褒められてもうれしいですよ。
それをかたくなに否定することもしたくないなと最近は思います。
ま、要はどんな褒められ方をしたか、ですよね。

■H.IBAさん

わかります、その定型感。
そっか、私もあるまじきことなのかもしれません。
初心者にあるまじきで思い出しましたが、
言葉の斡旋に独りよがりなところがあると日曜日には言われました
(ちょっと小難しい熟語を持ってきて納得しているような、という意味だと思います)。
しかしこればっかりはなかなか難しいです。
昔から譬えがヘンとはよく言われたことで、
そのチョイスはある意味マイナスでもあり、私でもありますから。

ぼちぼちいきませう。
【2011/02/08 23:34】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
ぼくはほんの少し外したがるけがあると思ってる。
でも、たくさん外れるのは気持ちが悪く座りが悪い感じが強くやってくる。勝手な感じがするのね。本人だけやろと。
この微妙に外すラインでがんばろう思ってる。

この歌の場合は本人だけやな。気分いいのは。しかし、それでよかったらいいのんちゃうかな。いい歌になるかどうかは別にして。
【2011/02/08 23:45】 URL | 知哲 #hurAyYjo[ 編集] | page top↑
■知哲ちゃん

私は微妙に外すライン、とかそういうラインは
そもそもがんばれるものかどうか、まだわかりません。
座りが悪いのは重々わかってるのに、それができないという話です。
この場合、本人が気分いいなんてどこにも書いてないです。
言葉を抜くことが気持ち悪い=残すことが気持ちいい じゃないのです。
気持ちが悪いのに、音数を減らせない、ということを
延々と書いたつもりだったんだけどな。
もちろん、いい歌だなぞと到底思ってません。
ただ、それしかできない。できないままでいいとは思ってない。
でも、今は私には字余りの時代で、それができないのです。
というお話でした。

ただ、その葛藤を人様に見せるのは迷惑ですね。それはわかります。
人を不快にさせる韻律はよっぽどのものでない限り、
自分で丸のみすべきですね。

しかし、これだけうだうだと、字余りになってしまったと書いていることに対して、
「この歌の場合は本人だけやな。気分いいのは。」と言われる筋合いはありません。
【2011/02/09 00:30】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
はい、むやみやたらに褒めまくるというのはダメですが、自作について自分でも思っていなかったような深い読み方を示してもらえた時は、嬉しいですよね。たまに、ごくたまに、あります。

その昔、コワイモノシラズだった頃の歌稿ファイルには、《自己否定他己否定異化否定否定否定の否定不定否定防波堤》なんぞというオッソロシイ(笑)のが残っています。このぐらいやらなくちゃおもしろくないだろう、と思ってたらしいんですね。たしか公募短歌館に出してボツだった歌です。「歌」か? ハイ、歌です(笑)。
【2011/02/09 15:39】 URL | tamaya #wMURzdEY[ 編集] | page top↑
■tamayaさん

あ、コメントしたと思ってたら別件メールでした(^-^;

たしかに、自分で「あーそういう歌だったんだ!」みたいなことってあります。
私の場合、わりとよくあるかも(汗)。
詠んだ後でわかってくる、タイプです(笑)。

その上のおっそろしいファイルはどうぞ大事にしてくださいまし。
時を経て、真実が見えてくるかも(^0^)
【2011/02/12 16:21】 URL | 禰子 #xNtCea2Y[ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://chipoo.blog84.fc2.com/tb.php/678-b74f9269
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |