見つゝわらへり。
えらい雪だったが、だいたいやんだ(そしてだいたい溶けた)。
昼から、あれよあれよという間に雪景色に。
雪といえば、この歌しかないですね、やはり。


基督の 真はだかにして血の肌(ハダヘ) 見つゝわらへり。雪の中より
                              釈 迢空


日曜日は本町から中之島へ。
少彦名神社は薬の神さん。
船場の薬問屋街の中心にひっそりとある。
少彦名1
少彦名2

少し西へ行けば懐徳堂跡や適塾がある大阪の元中心地(ん、今もかな一応は)。
栴檀木橋を渡った先に中之島中央公会堂がある
(現・大阪市中央公会堂だけど、やっぱり中之島、とつけたくなる)。
公会堂は確か私が学生のころに再生か取り壊しか揉めていたような記憶がある。
今では市民の学習室として、また催し物、結婚式(パーティーだけ?)など、
実際に生きた利用のされかたをしている。
レストランもあって、手ごろな値段でオムライスや定食が食べられて、
なかなかいい感じ。
中之島倶楽部 公会堂階段1

東隣にある東洋陶磁美術館で「ルーシー・リー展」が最終日だったので、見に行く。
時代を先取りしていた陶芸家で、今見ても「新作」と思える器たち。
いつになく、混んでいた。
しかし「型」を見つけたとたん、それらは「倦む」ということもまた発見。
たくさんの器が展示されていたので、一つの「型」にたどり着くまでの逡巡みたいなものがたくさんの作品に顕れている時期があり、その作品群がスリリングで面白かった。その後一つの「ピシっと」した型に落ち着いていくのだが、様式というものの危うさというか、美しさというか、その変遷が見られて面白かった。
一個人が産む様式というのは、それがどうしても目についてしまう。「停滞」に見えてしまう。伝統工芸というのはたいてい、もっともっと練られて「倦む」ことも越えてしまったところにあるので、様式、であることさえも忘れてしまうようなところに美しさがあるのかもしれない。だからなかなかその美しさに気付かない、という面もあるのですが。

では、歌は?
これは自分で考えていかないといけないこと。

一昨年の水都祭のおかげ?で、中之島界隈はすっかりきれいになった。
むかしとちがーう、という人もあるかもしれないけれど、
水を身近に感じながら歩けるようになり、
大阪がずいぶんきれいになったように思う。
いや、絶対に昔よりきれいになってる、大阪の水。

むかしはよかった

とだけ言ってることが正しいとはいえないのである。

【2011/02/15 00:14】 | ディープ大阪 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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