大職冠
「大職冠」といふ名のバス停だけ残しいい人だつたのかも鎌足は  勺 禰子

20121118_153039.jpg
写真は東明寺 in 大和郡山市矢田町

朝からみっちりの所用のあと、午後の踏査?に向けて急いで移動。
だいーぶ昔に詠んだ歌を、そのバス停を通ってふと思い出した。
ところが、初出では「残し」ではなく「残り」となっていた。
自分の歌もええかげんにしか覚えられなくなってきました…。

閑話休題

この歌については某歌会で下記のようなご指摘をいただいた。
この歌の「大職冠」は最後に鎌足と出てくるのだから「大織冠」のはずである。
「職」は誤字ではないか。それぐらい知らなくてどうすんのさ!
とまでは言われませんでしたが、歌詠みの知性を思わされるエピソード?

ですがですが、このバス停は本当に「職」なのれす。

Wikipediaをそのままお借りすると
大織冠(だいしょくかん、だいしきかん)は、647年から685年まで
日本で用いられた冠位、またその標章たる冠をいう。
冠位としては単に大織ともいう。冠位の最上位で、下には小織がある。
史上藤原鎌足だけが授かった。

とあります。なので、「社長!」と呼べば一斉に数百万人が振り返る
ようなことではなく、「大織冠!」と呼べば幽霊であろうが人であろうが、
鎌足氏しか振り向いてはいけない。
と、こういうお名前なんですね。

バス停の近くには「大織冠鎌足神社」という神社もあり、
冠山町や藤原町もあり、南郡山町には「大【職】公民館」もあるのですが、
町名にはもう「大【職】冠」はないようです。
どうしてバス停だけ「大職冠」が残ったのか
そしてそれはなぜ「職」なのか。。。

ご存じの方がおられましたらぜひぜひお教えください。
【2012/11/18 21:52】 | ディープ奈良 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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