歩幅あしあと -子の会ノ記 Vol.6より―
今年6冊目になった「子の会ノ記」に
掲載されている30首です。

といっても、短歌人誌に去年載せたものを
改めて30首に編み直し、
若干の訂正をしたものですが。。

が、改めて編み直すと、それなりに見えてくるものもあります。
今年はもっと大幅に今までの歌を編み直す予定です(!)。

子の会ノ記録についてはこちらから。
今年も濃ゆーい1冊です。

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「歩幅あしおと」    勺 禰子(しゃく・ねこ)

なまこ壁潜(くぐ)つて入るつきあたり竹は明るく間引かれてゐる

「やや奔放」と解説されて明代の青き魚は大皿に泳ぐ

宋胡録(スワンカローク)の発音をためす展示室みみ持つ青磁に脈がながれる

明代の青き二匹の魚(うを)のひれ学園前の夕空に消ゆ

パン屋さんの前までやつてきて気づく 食べたかつたのはおにぎり

枯れる日のあると思へぬほど繁るゴーヤーのみどり肌をそめゆく

今生に残せるものの少なくてそのときどきの歩幅あしおと

折り返し地点を返上してあゆむ遅すぎる愛などなしと決めれば

向かひあひ食めばお箸の持ち方を君はしづかに直してくれる

こがれるときのあの感触は減りゆけどいとしさは増す茶がゆ食みつつ

人の波引いてしばらく思慮深くエスカレーター止まりゆくさま

「精選国語総合現代文編」読む少女ゐて喧噪の急行にしづかな片隅

「土佐源氏」読み返しつつ辺境のはるか牛小屋の逢瀬を思ふ

かまふとかいらふとふ語の感触はなまめきを増す、語られるとき

声のよき男は仕事だけでなく「よいたのしみがある」と翁は言ひぬ

歌垣は賭けがつきもの巡礼の美女と契りし鈴木老人

人が使ふ道具すなはち民具ならばプラ容器こそ愛しかりけれ

忘れられた日本人にほんぢうにあふれ時にマイ箸マイボトル持つ

地下鉄を降りて地上へ向かふとき傘をななめに振る人はあほ

そのかみの「もののはじまりゃ皆(み)な堺」思へば無邪気な刷り込みである

包丁と茶菓子のみ残るこの街の書店つぎつぎ店を閉めゆく

黄金の日々を暮らせし商人(あきびと)の侘びて身体に茶をいれてゆく

そのかみの杉浦日向子の死を知らず吾の十年(ととせ)の波瀾にあれば

僻(ヘキ)の濃き夫婦なりしか日向子氏と荒俣氏との不協和を思ふ

東京を幻視するとき見たといふ安治の絵には夜の灯多し   ※井上安治

「宵越しの金は持てない」大火にて常に焼き払はれる江戸とは

南都にはあらぬ生駒の稜線に大火なく即ちリセットもなく

小角(おづぬ)以来の土の上(へ)に建つテレビ塔群を冠して生駒山立つ

上書きをしていけばいい 君の言ふことは正しい焼き払へぬのだから

消えもせず誰も歩かぬ元参道焼き払はれぬ堆(うづたか)さもて
【2014/08/06 19:51】 | 歌会・その他短歌 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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コメント
ふるさと。は遠き、にありて
地下鉄を降りて。地上へ、向かふとき傘をななめに振る人 はあほ

とほき異境にさまよへる身に沁みる、

 はあほ

の人いるふるさと はも。
【2014/08/22 01:03】 URL | 矢嶋博士 #WGj0Orxo[ 編集] | page top↑
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